第7話
可もなく不可もなく、人畜無害な態度で警戒心を解き。生徒だけが知る情報を集めることが目下の仕事なのだ。
困った笑顔でやり過ごすことを選んだアルドリックに、レオニーは唇を歪めた。
「でも、ヴォルフ先生も駄目よね。学院生時代に天才と言われていたとしても、魔術兵団にも入らず、ふらふらとしてるんだもの」
「シュミット先生も同じことを仰っていたわ。ヴォルフ先生、学院生時代、ずぅっとひとりだったんですって。友達がいなくて、いじめられて。だから、宮廷に入らなかったんだ、情けないって」
「やだ、いじめられてたなんて。ゾフィアみたぁい」
きゃあ、と楽しそうな声を上げた彼女たちが、じゃれながら学舎に入っていく。口を開けたまま見送ってしまった事態に気づき、アルドリックは誤魔化すように頬を掻いた。
――あれも若さっていうのかな。
怖いもの知らずというか、なんというか。そう思うことで感情に蓋をし、きつく下を向くゾフィアに声をかける。
「大丈夫?」
「あ……」
「顔、真っ青だよ。医務室で少し休ませてもらう?」
提案に、慌てたふうに彼女は首を振った。
「大丈夫です。昨日に続き巻き込んでしまって、本当にすみません」
「昨日?」
「その、……演習場のことです。レオニーさん、私を狙ったと思うので」
「え? でも、あれはミスだったんじゃ……」
控えめに問い直したアルドリックに、ゾフィアは諦めた顔で目を伏せた。
「何度もあったんです。演習の授業中のこともあれば、そうでないことも」
「……先生方に相談とかは」
いえ、と目を伏せたままゾフィアが笑う。
「シュミット先生は、防げないほうが未熟だと」
「ああ」
頭に浮かんだ女史の冷たい目に、うっかり納得を示してしまった。頭上で、いやに間の抜けた鳥の鳴き声が響く。数秒後、アルドリックは、はっとして言い募った。
「いや、その。……ええと、でも、ゾフィアさんは成績優秀だって聞いたよ。なにせ、委員長だもんね。すごいよ」
緊張していた瞳が、驚いたように緩む。取ってつけ方がおかしかったのかもしれない。
ありがとうございます、と目元を笑ませ、彼女は一歩を踏み出した。
「私は、優秀な成績で卒業されたヴォルフ先生を尊敬します」
「そうだね」
歩調を合わせながら、頷く。彼の塔の部屋にあるとんでもない本の山を、アルドリックは知っている。そのすべてに読まれた形跡があることも。
「彼はたしかに天才だけど、きちんと努力もしている人だよ。小さいころから、本当によく本も読んでいて――と、これは僕の家族から聞いた話なんだけど」
「ご親戚なんですよね、たしか」
「遠縁だけど。すごい人だと思うよ、僕も。……ええと、つまり、だから、僕もがんばらないとならないんだけど」
これ以上滑らせないように口を噤んだアルドリックだったが、次の角を曲がれば二年一組の教室というところで、だんまりを止めた。
「あの、ゾフィアさん」
「……なにか?」
先ほどの少女たちがいるからだろうか。教室に近づけば近づくほど強張る横顔が不憫で、放っておくことができなかったのだ。
記憶にない時代の彼を、勝手に重ねたのかもしれない。まぁ、彼は、友達がいないという話が本当だったとしても、飄々と過ごしていたと思うけれど。
「僕にできることがあったら、なんでも言ってね。力になれることは、力になるよ」
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