第6話

 彼の役割は、彼の目で「黒狼」の痕跡を辿ること。自分の役割は、学舎と寮で生徒から情報を収集すること。

 平たく言えば、被害に遭った彼女たちに恨みを持つ人物という観点で、容疑者を洗い出すことだ。


 ――と言っても、彼女たちに大きな共通点はなかったんだよなぁ。


 学年と性別は同じでも、クラスも所属寮も異なっている。一学年百名の規模なので、無論、繋がりはあるだろうが。

 学院側から貰ったリストにも通り一辺倒の記載しかなく、地道に聞き込むほかに情報を得る手段はない状況だ。

 昨夜もさっそく、と。空気の読めない編入生を装って、配属された男子寮で聞き回ってみたものの、空振りに終わっている。


 ――ふたりとも優秀でしたからね。恨まれるような言動を取ることはなかったと思いますが。ただ、優秀ゆえに妬まれることはあったかもしれません。


 頭に浮かんだシュミット女史の言に、悶々と頭を掻く。

 初夏の明るい日差しの中、学舎に向かっていたアルドリックは、少し前を行く猫背気味の背中に声をかけた。


「ゾフィアさん」


 びくりと振り返ったゾフィアが、ほっと表情を緩める。いったい、誰だと思ったのだろう。不思議に感じつつも、アルドリックは笑顔で彼女に近づいた。

 立ち止まったゾフィアの隣に並び、人当たり良くを意識して話しかける。


「ひとり?」


 単独行動が禁止されているわけでないにせよ、所属寮から学舎に向かう生徒のほとんどが連れ立っている。ゾフィアを呼び止めた理由のひとつだった。


「ひとりで別の方向に向かっているわけでもありませんから」


 かすかにはにかんで、「それに」と彼女は続ける。


「アルドリックさんもひとりじゃないですか。同じです」

「それは、まぁ、そのとおりなんだけど。でも、きみは怖くないの?」

「それは……」


 ゾフィアが応じようとした瞬間、くすくすとした声が響いた。赤くなったゾフィアの反応に、声のほうに視線を向ける。

 ひそひそと笑い合っているのは、レオニーを中心とした三人組の少女だった。


「見て、あれ。一緒に行動する相手がいないからって、さっそく編入生に媚売ってるんだけど」

「みっともなぁい。あんな顔して男好きなんだ」


 それはもう見事に、くすくす、けらけら、と。あからさまな悪意に、ゾフィアはどんどんとうつむいていく。耐える姿があまりにかわいそうで、アルドリックは追い抜こうとする三人組を呼び止めた。


「きみたち、そういう言い方は」

「なに?」


 足を止め、振り返ったレオニーが眉を跳ね上げる。演習場で見た蒼白さとかけ離れた、勝気な瞳。ほんの少したじろいだものの、アルドリックは諭す言葉を紡いだ。


「なに、というか。その言い方はゾフィアさんに失礼だよ。ひとりでいるのが気になって、僕が声をかけたんだ。この学園は、今は複数行動が推奨されていると説明を受けたから」

「なに、本当。偉そうに」


 鼻を鳴らされ、さすがに乾いた笑みになる。

 揉めごとを大きくするつもりはなかったんだけどなぁ。言い方間違えたかなぁ。でも、実際、僕のほうが十才は上だしなぁ。などと思っているあいだに、ほかの少女がレオニーを取り成し始める。


「調子に乗ってるんじゃない? ほら、ヴォルフ先生に面倒を見てもらってるんでしょ。今回の特例の編入もゴリ押しだって聞いたもの」

「でしょうね。たいした魔力も持ってないみたいなのに。昨日だって、ねぇ?」


 顔を見合わせ、彼女たちが笑う。自分に鉾が向いただけ良かったと思うしかないんだろうな、とアルドリックは思った。


 ――高等学院って、平和だったんだな……。


 七年ほど前の楽しかった学院生活を思い出す。

 いじめがまったくなかったとは言わないが、自分の周囲はいたって平穏で。つまるところ、やんわりと諫めれば、嫌味は収まると踏んでいたのだ。弱ったなぁと眉を下げる。

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