第5話

「どうした。なにか問題でもあったか」

「あ、ううん」


 手持ち無沙汰に組紐を触っていたことが気にかかったらしい。アルドリックは、はっとしてほほえんだ。


「一時的な処置と言え、こんなこともできるなんてすごいなと思って、それだけ。おかげで、生まれてはじめて魔力を持った気分になれたよ」

「念のために言っておくが、仮初のものだぞ」

「わかってる」


 あまり調子に乗るなと釘を刺された気分で、苦笑する。それは、まぁ、昨日、はじめて魔術を使うことができたときは、年甲斐なくはしゃいでしまったけれど。


「大丈夫。ここにいるあいだ、目立つ真似をするつもりはないよ」

「そうしてくれ」


 頷いたところで、だが、とエリアスは付け足した。


「ひとつ、とっておきの利点がある」


 組紐の利点だろうか。得意げな様子に、アルドリックは前のめりになった。

 

「え、なに? なに?」

「おまえになにかあれば、俺にはわかる」

「それできみ、いきなり現れたのか」


 ありがたい配慮と思うべきなのだろうが、見張られているみたいだな。微妙な表情になったアルドリックに、エリアスが首を傾げる。

 喜ぶと思っていたんだろうな、これ。察してしまったアルドリックは、さりげなさを装って話題を変えた。


「それにしても、きみの髪は長くてきれいだよね。手入れは大変そうだけど。……あ、そうだ。あの話って、やっぱり本当なの?」

「あの話?」

「魔力は髪に宿るという話だよ」

「身体の一部だからな。血が巡ることと同じように髪にも宿るが、長さは関係ない」

「へぇ」


 そういえば、エミールは長いけど、ビルモスさまはそこまで長くなかったっけ。新たな知見を得た気分で、素直に相槌を打つ。


「でも、長いおかげでこうして利用できるんだもんね。やっぱりすごいよ」

「アルドリック」

「なに?」

「覚えていないのか?」

「なにを?」


 きょとんと問い返したアルドリックを、それはもうまじまじと見つめ。エリアスは首を横に振った。


「なんでもない」


 どう考えてもなんでもある態度だったが、まったく身に覚えがない。悩んだ末、アルドリックは三度話を変えた。


「とにかく、早く犯人を見つけないと。みんなの憧れの場で、夢に向かってがんばっている子が犠牲になることはかわいそうでならないよ」


 現状、判明している事実は、なんらかの術式で「黒狼」を呼び出した者がいるということだけ。構内に術式の痕跡は見当たらず、犯人探しは難航を極めている。


「憧れの場、か」

「どうかした?」


 妙にぽつりとした調子だった。問いかけると、彼の唇にわずかな笑みが浮かぶ。


「そんなにいいものではないと思うが。嫉妬、悪意、駆け引き。ここに巣食っている感情は負の感情ばかりだ」

「え……」

「『黒狼』が生まれた理由は、俺にはわかる気がする」

「それは、どういう」

「魔窟だということだ」


 アルドリックの戸惑いを歯牙にかけぬ調子で応じ、また少し彼は笑った。


「心を蝕まれる。それに耐えうる魔術師を育てているとすれば、正しい環境かもしれないが」

「エリ……、魔術師殿」

「だから、いつもの調子で生徒に肩入れをしないほうがいい」


 おざなりな忠告に、一拍を置いて頷く。


「そうだね。そうするよ」


 ほかに返す言葉がなかったからだ。昼休み終了五分前を告げる予鈴に、エリアスは改めてというふうに言い足した。


「わかっていると思うが、この部屋を出たら、細心の注意を払って行動しろ。犯人も動機も不明である以上、おまえが狙われない保証はない」


 突如として演習場に現れたことが良い例で、本心で案じてくれているのだろう。対抗する術を持つ魔術師のたまごたちと違い、自分が持つのは仮初の魔力だけなのだ。

 彼の足を引っ張らないようにしないといけない。言い聞かせ、アルドリックは「わかってるよ」と請け負った。

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