第2話

「まったく、最近の学院の鬱々しいことときたら」


 教務棟の三階にある自室で、シュミット女史は深々と溜息を吐いた。椅子に腰を下ろす彼女の眉間には、年季の入った皺が刻まれている。

 扉の前にふたりで立っていると――と言っても、エリアスは悠々と腕を組んでいるのだが――、怒られている生徒のように見えるかもしれない。頭の片隅で考えつつ、アルドリックは神妙に頷いた。


「今日一日過ごしただけですが、やはりみな『赤ずきん』を恐れているようでした。あのような事件があった以上、当然のことと思いますが」

「本当に、嘆かわしい」


 狭い室内に、またしても深い溜息が響く。だが、致し方のないことでもあった。なにせ、この二週間で二名の女生徒が構内で大怪我を負っているのだ。


「クララ・クラウゼもイダ・フックスも魔術兵団の入団を目指す大変優秀な生徒でした。クララは右腕の切断、イダに至っては両腕とも。ふたりとも学院に戻ることは叶わないでしょう」

「それは、本当に気の毒なことです」


 魔術学院に入るだけの才があり、勉学に励んでいた彼女たちの心痛はいかばかりか。アルドリックにそれ以上の言葉はない。両名は二年生で、シュミット女史は第二学年の主任教諭である。彼女のショックも大きいに違いない。


「ええ、本当に。もったいないことでした」


 吐き捨てるように言い、シュミット女史はこう言葉を続けた。


「まぁ、黒い狼のようなものにやられたという証言が広がったことだけはよかったのかもしれませんが。おかげで、昼休みも演習場は大賑わい」


 沈黙したアルドリックに、彼女は三度溜息をこぼした。


「無論、学外から魔獣が入り込む可能性はありませんので、なにかしらの術式で呼び出されたものでしょうが。それにしても、ゾフィアときたら。あの程度で腰を抜かすだなんて、みっともない。筆記のほうは優秀なんですけれどね、どうにも気弱で」


 知識はあっても、実技がからっきしではねぇ、と言い、アルドリックの横。我関せずの風情のエリアスを見やる。


「多少の才があっても、あなたくらい我が強くないと駄目なのでしょうね。クララとイダの代わりになる生徒が現れたらいいのですが」

「シュミットさん」

「それにしても、あなた、随分とお若く見えるのね。おいくつでしたかしら」


 見定める瞳に、アルドリックはぎこちなく愛想笑いを張りつけた。

 事件のショックで攻撃的になっていると仮定しても、彼女の言葉はあまりにひどい。たまらず制止をかけてしまったものの、協調せざるを得ない相手なのだ。


「二十五になります。童顔は昔からで。ですが、年齢相応の実務経験はありますので」

「宮廷の事務の、でしょう」


 ぴしりと愛想笑いが固まる。そのアルドリックから視線を外し、彼女はエリアスに慇懃に言い放った。


「とにかく、あなたがたに期待をしているのは、この忌まわしい事件の解決です。くれぐれも余計な口出しは無用。頼みましたよ。エリアス・ヴォルフ先生?」

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