エピソード3:黒狼と赤ずきん
第1話
数秒前に当たると覚悟した白い光が、突如伸ばされた手のひらにバチバチと音を立てて吸い込まれていく。臙脂のローブに、銀色の髪。
信じられない思いで、アルドリックは目の前の光景を見ていた。
自分が本物の魔術師でないから、理解ができないのだろうか。いな、こちらを攻撃した赤髪の少女も表情を驚愕に染めている。背後に置いたアルドリックを一瞥し、エリアスはおざなりに手を振った。ばちりとまた小さな音が鳴る。
「レオニー・ランゲ」
エリアスの誰何に、赤髪の少女――レオニーが、びくりと杖を握りしめる。
「俺が卒業してたった六年で、学内での攻撃魔術は許可されるようになったのか?」
「いえ、違います」
はっとしたように、レオニーは否定を紡いだ。演習場内外から突き刺さる視線を振り切るように彼女は言い募る。
「誤解です。このとおり演習場内で練習をしていたのですが、ひとつ入り口に逸れてしまいました。私の制御ミスです。申し訳ありません」
「制御ミス。本当にミスだというのなら、精度を上げたほうがいい。なんのために昼休みに演習をしている」
「仰るとおりです。申し訳ありません」
自分が学生だったときに、こんな先生がいたら委縮しただろうな。アルドリックは心の底から十才は下の女の子に同情をした。悪意があったわけではないだろうに、とも思うものの、だが、しかし。今の自分は、彼を諫める立場にないのだった。
ひとつ息を吐き、尻もちをついたままの少女に手を差し出す。ゾフィア・ポール。アルドリックが編入した王立魔術学院二年一組の委員長だ。
「大丈夫?」
「あ、ごめんなさい。その、……びっくりしてしまって」
差し出した手を掴む指先は細かに震えていた。立ち上がったゾフィアのこげ茶の瞳を見つめ、眉を下げる。
「いや、僕もびっくりしたよ」
演習場の入り口で、彼女から説明を受けていただけだったのに、危うく事故に巻き込まれるところだったことも。唐突に現れたエリアスのことも。
――まぁ、この子がここまで震えてる理由は、「赤ずきん」だろうけど。
本当に、早くどうにかしてあげないといけない。そう思ったところに、カツカツと石畳を歩むヒール音が近づいてきた。
すぐそばで足を止めた背の高い壮年女性が、ぐるりと生徒たちを見渡す。
「いったい、なにごとです」
厳しい声に、ゾフィアがはっと背筋を伸ばした。シュミット先生、と呟く声の弱弱しさに、思わず説明を買って出る。
「ゾフィアさんに構内の案内をしていただいていたのですが、演習場の外にひとつ攻撃魔術が逸れたようで。ただ、ヴォルフ先生が防いでくださったので、怪我は誰も」
「なるほど」
まさに一瞥というふうにレオニーを見やった女史の横顔は、先ほどのエリアス顔負けの冷徹さだった。
「ゾフィア。案内ご苦労でした。残りの案内は後日に。これから少しヴォルフ先生と彼と話をすることがあります。レオニー。あなたは放課後、教務棟に」
はい、という返事をふたつ確認するなり、颯爽と臙脂のローブが翻る。ついてこいを体現する背中を追いながら、アルドリックはエリアスにこっそり問いかけた。
「というか、きみ、どこから現れたの」
「学内にいるあいだは、おまえの保護者だからな」
「それは、まぁ」
そうなんだけど、ともごもごと呟きながら、女史について校舎に足を踏み入れる。すれ違う生徒たちはみな複数行動で、ピリピリとした空気が漂っていた。
ゾフィアはひとりにならず教室に戻ることができただろうか。気になったものの、レオニーも同じ一組だったことを思い出し、大丈夫だろうと判断を下す。
張り詰めた空気の中、校内の様子を観察しつつ教務棟へ進む。
有望な魔力持ちのみが入学を許可される王立魔術学院は、三年制の全寮制共学校だ。十五才から十八才までの三百余名が魔術師を目指し切磋琢磨と腕を磨く特別な学院。
その特別な学院は、現在、身の保全のための複数行動が推奨されていた。
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