第7話

 

 たっぷりのクリームと木苺のジャムを添えたスコーンに、ニナ嬢おすすめのレモンタルト。

 ノイマン家の一件のお礼に、と。アルドリックが渡したドライフルーツのケーキを彼女はいたく喜んで、「甘いものが好きな友達がいる」という世間話に、それなら、と店を教えてくれたのだ。

 かわいい店内はおすすめというだけある賑わいようだったけれど、テラス席はほどよく閑散としている。

 そのテラス席の端っこで、アルドリックは目じりを下げた。

 

「うまくいくといいな。クレイさんはいい子だし、バナードさんも厳しいけどいい人なんだ」


 お似合いだと思うんだけどな、とした台詞に、どこかうれしそうにタルトをつついていたエリアスの顔が上がる。

 正面に座すアルドリックを見る青い瞳には、明確な呆れが浮かんでいた。


「あいかわらずだな、おまえは」

「え?」

「人のことばかり考えている」

「ええ……。べつに、そんなつもりはないんだけど」


 偽善者と言われた気分で、もごもごと呟く。そんなつもりはないものの、たまに言われることであった。

 再会した当初より強くなった日差しが、エリアスの銀色の髪を照らしている。きらめきの行方を辿り、アルドリックは目を伏せた。


「でも、好きな人には幸せでいてほしいよ」


 エリアスのことにしても、そうだ。自分にない才能を持つ彼を妬んだことはあれど、不幸になれと呪ったことはない。

 本心のつもりだったのだが、エリアスはなにも言わなかった。


 ……なんか、また余計なことを言ったかもしれないな。


 沈黙に押し負け、紅茶のカップを手に取る。離れていた時間を思えばあたりまえなのだろうが、今の彼の考えはよくわからないことがある。

 たとえば、恋愛として自分を好きということも。だからと言って、それ以上のなにを求めないことも。


「なんて、また偽善者だって言われちゃうな」

「いや」


 茶化すように笑ったアルドリックに、エリアスはゆるりと首を振った。


「おまえは善人だ」

「え……」

「そのままでいてくれ」


 予想外の台詞に、わずかに瞠目する。けれど。カップを戻すことで一拍を置き、アルドリックは苦笑を刻んだ。


「それは難しいよ」


 あたりまえのことを告げ、真面目な瞳を見つめる。


「みんな変わっていくんだよ。僕も、きみもね」

「……」

「もちろん、変わらない部分もあるだろうけど、それでも」


 今度黙り込んだ彼の表情は、完全に拗ねたものだった。そんなところばかり変わらずわかりやすくても、しかたがないだろうに。

 ほんの少し呆れたものの、拗ねさせたいわけではない。アルドリックは宥める調子でほほえんだ。


「だって、少し前までの僕ときみは、王都でお茶をする仲じゃなかったじゃないか」


 それも変化だよ、と告げれば、思案する沈黙のあとで彼は頷いた。


「……そうだな」

「そうだよ」


 きみが嫌にならない限りは、きっと、たぶん、これからも。後半は胸に留めて、にこりとほほえめば、安心したようにフォークが動き出す。幼い面影の残る仕草だった。

 

「気に入ってくれたみたいでよかったよ。ニナちゃんのおすすめだったんだ」

「誰だ、それは」

「ええ、誰だって、ノイマン家のお嬢様のことを教えてくれた、エミールの妹の……って、エミールも覚えてないの? 薬草庫の案内をしてくれたピンクの髪の二級魔術師だよ。ほら今日だって――」


 興味のないことにはとことん無関心の彼に説明するうち、どうにもおかしくなって、アルドリックは笑った。

 再会は予想外。一緒に仕事と言えば驚いた顔をされるし、振り回されてばかりの関係だ。組んだチームも、前途多難なこともあるだろう。

 だが、存外と、アルドリックは今の日常を気に入っていた。

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