第6話

 ――それに、他人に恋心を指摘されたくはないだろうし。


 自分の立場に置き換えると、顔から火が出るほど恥ずかしい。なにより、彼女はきちんとした大人なのだ。

 弁えているに違いないと言い聞かせ、「じゃあ」とアルドリックは立ち去ろうとした。


「わ、……と、魔術師殿」


 思いのほか近くにいたエリアスとぶつかりそうになり、驚いた声になる。が、彼は一瞥を向けただけだった。


「それを使うつもりなのか」

「え」


 これまで三度。一度も口を挟まなかったエリアスが、静かに忠告を告げる。


「やめておけ。人の心を変えることのできる薬など存在しない」


 涼しい顔のエリアスと、真っ赤な顔で瓶を握りしめるクレイを、順繰りに見やる。

 ついてくると言い張ったのは、落とし主に釘を刺すためだったのだろうか。小さなころと同じだ、なんて。上から目線で呆れていた自分が居た堪れないやら、なにやらで、アルドリックは溜息を吞んだ。

 薬の恐ろしさを知る魔術師として、彼の忠告が正しいこともわかる。でも。


「勇気が必要だったんだよね」


 やんわりと割って入ると、縋るようにクレイの目線が動いた。きれいな瞳を見つめ、そっと笑いかける。

 彼女が思いを寄せて嫌がる人など、宮廷にはきっといないだろうに。本心でそう思うけれど、彼女は不安だったのだ。

 だから、惚れ薬に頼って、勇気を出そうとした。正しいやり方ではなかったのかもしれないけれど、気持ちを晒し上げる真似はしたくない。その思いで、アルドリックは続けた。


「でも、大丈夫。おまじないに頼らなくても伝えることはできるよ。叶うかどうかはわからないけど、一歩進むことは、きっと」

「……ありがとうございます」


 本意を咀嚼するような間のあと、自分たちそれぞれにクレイは頭を下げた。泣き笑いの顔でほほえみ、瓶を包んでいた手を広げる。


「アルドリックさん、ごめんなさい。せっかく届けてもらったんですけど、お返ししてもいいですか」

「もちろん」


 エリアスが頷いたことを確認して、アルドリックは小瓶に手を伸ばした。なんでもないふうに笑い、胸ポケットにしまい込む。


「落とし主不明ということにしておくよ」

「よろしくお願いします。――じゃあ、私はこれで。早く持って行かないと」


 ちょっと冷めちゃったかな、とはにかみながら、彼女はトレイを持ち上げた。恋をしているのだなぁとわかる横顔。どこか照れ臭そうだった彼の表情を思い出し、アルドリックはお節介を焼くことに決めた。


「そうしてあげて。バナードさん、きみからの紅茶、楽しみにしているみたいだったから」

「え、……え?」


 狼狽する彼女を、行ってらっしゃい、と見送り、エリアスに向き直る。


「ありがとう、魔術師殿」

「なにがだ?」

「彼女と話をさせてくれて。見守っていてくれただろう?」


 そう言えば、エリアスは呆れたふうに眉を寄せた。だが、アルドリックは、照れた顔と知っている。


「おまえは本当に人が好い」

「最後まで付き合ってくれるきみも、十分に人が好いと思うけど。まぁ、でも、とりあえず」


 遅くなったけど、行こうか。子どもの時分とさして変わらない誘い文句に、眉を寄せたままのエリアスがこくりとひとつ頷いた。

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