第4話

「おまえのところだと人気があるのは、イーザックさんだよな。彼女もイーザックさん狙いだろうか」

「ど、どうだろうねぇ」


 背中に刺さる視線が、またしても深くなってきた。クレイに現を抜かしている同期も、気づけば、最後。庶務の彼と同じ顔をするだろう。

 ぞっとしない想像に、アルドリックは、じゃあ、と話を切り上げた。


「悪いけど、僕はここで。その話はまた今度、飲み会のときにでも聞くよ。……力になれるかどうかはわからないけど」

「なんだよ、それ」


 嘆かれたところで、「だって、彼女、惚れ薬を持ってたんだよ」と明かすことができるはずもない。彼が対象である可能性も、ゼロではないだろうけれど。


「まぁ、とにかく、そういうことだから」


 愛想笑いで誤魔化し、背中を向けた直後。深化したエリアスの不機嫌顔に、アルドリックはぎょっとした。

 おまけに、総務の女の子が遠巻きに立ち尽くしている。


「ちょ、ちょっと」


 エリアスを恐れて、室内に入ることができなかったに違いない。

 慌てて彼を入り口から引き離し、ごめんね、とアルドリックは女の子に謝った。そうして、仏頂面のエリアスに向き直る。


「付き合わせたことは悪かったと思ってるけど、そうあからさまに不機嫌なオーラを出さないでくれるかな」


 周囲が委縮するだろう、と小声で諫める。彼が幼かった時分にもした覚えのある注意だ。まぁ、改善はされなかったわけだが。


「付き合わせて悪いと思っているなら、無駄話をしなければいいだろう」

「ええ、……いや、まぁ、それは、うん。悪かったけど」


 たいした時間でなかったにせよ、職務中に無駄話をしたことは事実である。ばつの悪い思いで、機嫌の悪い顔を見上げる。


「ええと、そうだ。クレイさんなんだけど、もう出ちゃったみたいでいなかったんだよね。文書課を覗いてみようと思うんだけど、きみは」

「ついていくと言っているだろう」

「ああ、そう。……いや、うん、そうだよね」


 言ってたね、と呟き、のろのろと歩き出す。隣には当然とエリアスがついている。横顔をちらりと見上げ、アルドリックは溜息を呑んだ。

 どこに行くにもついていくと言い張った、小さな彼みたいだ。


 ……まぁ、まったくかわいくないとは言わないけど。


 今、きみ、いくつだよ、と呆れる気持ちも、まぁ、あるわけだけど。しかたがない、と。思考を切り替え、宮廷の説明をしながら文書課に向かう。

 廊下を半分ほど進んだところで、エリアスが煩わしそうに眉をひそめた。


「どうかした?」

「……」

「あ、もしかして、僕、うるさかった?」

「違う」


 吐き捨てる調子で否定したエリアスが、睥睨する視線を周囲に向ける。


「うるさいのは視線だ。なんだ、ここの連中は。人をじろじろと」


 気まずそうに幾人かが目を逸らすさまを見て、アルドリックは取り成すていで苦笑した。


「まぁ、きみは目立つからねぇ」

「目立つ?」

「めったと姿を見せない天才魔術師殿ということもあるだろうけど、ほら、きみ、きれいだから」


 女学院では氷のご麗人と呼ばれているらしいよ、との軽口は噤んだものの、エリアスは不満のある顔を正さない。

 褒められることも注目されることも慣れているだろうに。戸惑い気味に笑いかける。


「ええと、気に食わなかった?」

「見ず知らずの他人の無遠慮な視線を浴びて、おまえは気に食うのか?」

「ごめん。そうだよね」


 彼なら問題ないだろうと勝手な高を括った事実を指摘され、アルドリックはしおしおと肩を落とした。まったくそのとおりである。


「まぁ、慣れてはいる」


 もしかしなくとも、気遣われたのだろうか。悪いことをしたなぁ、と。アルドリックは言葉を継いだ。


「でも、その……なんというか、語弊はあるだろうけど、僕たちが一緒に歩いていることを不思議に感じる人は多いんだと思うよ。あたりまえだけどね」


 一緒に仕事と明かせば、信じられないという顔が返るくらいである。そういう意味での視線も混ざっているに違いない。はは、と笑ったアルドリックを、エリアスは真顔で凝視した。


「なにがあたりまえなんだ」

「なにがって、その……年も違うし、能力も違うし」

「俺たちは俺たちだ。それ以外のなにものでもないだろう。他人に好き勝手に分類される謂れもない」


 たじろいだ自分が馬鹿に思えるほど、はっきりとした返事だった。慰めるつもりで選んだ言葉すべてが空回る現状に、はは、ともう一度笑みをこぼす。


「あいかわらず、きみは強いね」


 エリアスは、自分の意見を主張できる子どもだった。

 日和見なところのあるアルドリックは、彼の言動にはらはらとしたけれど、同時に少し憧れてもいた。

 あんなふうにできたらいいなぁと思って、でも、それは、なんでも持っている彼だからできることだと諦めた。昔の話だ。

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