第13話
「エミリア嬢は、少なくとも、僕たちがいる前ではなにも言わなかったね」
王都の中心部を離れるにつれ、行き交う人の影は少なくなっていく。塔に向かう道を歩きながら、アルドリックは呟いた。
ノイマン家の一件がひとまずの終わりを迎えたのは、少し前のことだ。
父親は芝居がかった態度で目覚めた娘を抱きしめ、娘も抱擁を受け止めた。見守っていた執事も、ミアも、余計なことはひとつも言わず、「ようございました」と安堵の表情を見せただけ。
抱擁の終わり、エミリア嬢は「ご迷惑をおかけしました」と気丈な顔でアルドリックたちにほほえんだ。
これで、落着。結婚を控え情緒が不安定になった、思春期の娘が取った衝動的な行動。目を覚ました彼女は、突飛な行動を恥じ、もうしないと誓う。ひとつ無事に大人になったという、当主にとってのいつかの笑い話。
彼女たちの今後に、自分が関与する資格はない。口を出すことが許されるのは、彼女たちの人生に責任を持つことができる者だけだ。
近づいた塔を見上げ、アルドリックはもうひとつを呟いた。
「まぁ、僕には、彼女たちの心が少しでも晴れやかになるよう、祈ることしかできないわけだけど」
「当然だ。分別をわきまえず、聞こえの良い言葉を使うほうがよほど問題と俺は思うが」
「それも、まぁ、そのとおりなんだけど」
あいかわらずの正論を、笑って受け止める。
「でも、駄目だね。そんなことをする権利はないとわかっているのに、きみの言うところの聞こえの良い言葉を、僕はつい使ってしまいたくなる」
自分の罪悪感を埋めるための行為だとわかっていても。塔の前でエリアスの足が止まる。夕闇に揺れる銀糸に誘われ、アルドリックも立ち止まった。
じゃあ、また、と踵を返す気にはなれず、再び口を開く。胸の内を共有したかったのかもしれない。
「それにしても、すごい愛情だったね」
正しい、正しくない、ということは、アルドリックにはわからない。自分が判断をすることでもない。だが、彼女はエミリア嬢が預けた命を受け取ったのだ。
目を覚まさずとも自分のそばに置きたいと願い、自分が罰されようとも彼女が目を覚ますことを望んだ。どちらも本心だったのだろうと思う。
「打ち明けたミアさんの勇気に感謝しないといけないな。重い罰を受けるようなことがないといいけど」
「よくわからないな」
「どんな理由があったとしても罰は受けるべきだということ? まぁ、それも、そのとおりだと思うけど」
首を捻ったエリアスが、ぽつりと続きを紡ぐ。アルドリックの話など、耳に入っていないという調子だった。
「好きな相手を他人に差し出そうとは、俺は絶対に思わない」
「……」
「眠ったままでも手元に置きたいという思考のほうが、まだ理解できる」
「ええと」
あまりにも真顔で言うので、反応に困ってしまった。天才と評判の彼にかかれば、流れの魔術師とは比べ物にならない劇薬を精製できるのだろう。
そんなことはしないと信じているけれど。
「なんだ?」
「なんというか、見た目より随分と情熱的なんだなと思って。きみに愛される女の子は大変だろうね。まぁ、きみなら選り取り見取りだろうけれど」
「おまえのことを言っているのか?」
「え?」
瞳を瞬かせたアルドリックに、真面目な顔のままエリアスは言い募った。
「俺はおまえを好きだと言ったつもりだったが」
「ええ……と」
メルブルク王国に同性愛を禁じる法はない。だが、あくまでも主流は異性愛である。あの令嬢たちが、公にすることを選ばなかった理由のひとつ。
――身分差とか、家の存続の問題とか、ほかにも理由はあっただろうけど。
そういうふうに思い悩んであたりまえの関係。でも、この子にとっては、どうでもいいことなんだろうな。
わかってしまって、アルドリックは恐る恐る問いかけた。
「きみ、もしかして、本気で言ってるの、それ」
「本気じゃなかったら、なんだと思っていたんだ」
「いや、嫌がらせの一種かと」
「俺がおまえに? なぜ」
「なぜって、それは、その……」
「その?」
ふたつも下の幼馴染みに八つ当たりをした挙句、避けるように勉強に打ち込んで村を出たこと、なんて。できればあまり言葉にしたくない。
おまけに、微塵も気にしていない態度なのだから、なおさらだ。
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