第11話

 鹿の角、乾燥させたジキタリスの葉、希少竜の鱗。宮廷の薬草庫を我が物顔で物色するエリアスの背中を眺めたまま、アルドリックは溜息を吐いた。


「なんだ、どうした。ようやく解決するというわりに浮かない顔だな」

「エミール」


 呆れ半分気遣い半分という声に、隣に視線を向ける。鍵さえ開けば案内不要を体現するエリアスにより、彼は時間を持て余しているのだ。


「例のメイドが所持していたんだろう? 小瓶ではなく包み紙だったというが」

「そうなんだよ。今度、ニナちゃんにも改めてお礼をしないと」


 苦笑交まじりに応じたアルドリックに、多少の灸は据えてやれ、と眉を上げ、エミールは壁に背中をつけた。


「うちの上長など、完全に及び腰になっている。女学院への確認は、ノイマン家の一件が終わり次第、と言い出す始末だ。なにもなかったことにしたいのだろうな。学院側も上っ面の注意喚起で終わりだろう」


 少女特有の好奇心で少しばかりグレーの薬が流行った事実は認めましょう。けれど、誰にも危害は及ばなかった。だから、すべてはうちうちに。それがお互いのためでしょう。

 いかにもな台詞が頭に浮かび、そっと目を伏せる。


「まぁ、でも、ニナちゃんは、きみから十分お叱りを受けたわけだろう? ニナちゃんが打ち明けてくれて助かったことは事実だからね。ノイマン家の一件が終わったら、僕はお礼を伝えることにするよ。なにかお菓子でも持っていこうかな」

「どうやって聞き出したんだ? それまでずっとだんまりだったわけだろう」

「しつこく尋ねただけだよ」


 少しの間を置いて、アルドリックは首を傾げた。


「彼女もいつまでも黙っているわけにいかないとわかっていて――、まぁ、それは、魔術師殿のおかげでもあるんだけど。だから、誰かに話したかったんじゃないかな」


 それだけだよ、と苦笑したところで、ひとつを付け足す。


「もちろん、ニナちゃんに教えてもらった話のおかげもあると思うけど。ちょっとは気を許してくれたみたいだったから」

「いくら追い詰められたからと言って、誰にでも吐き出せるわけではないだろう。おまえが担当で良かったんだ」

「そうかな。そうだといいんだけど」


 気弱に呟いたアルドリックを見つめ、エミールは口の端を釣り上げた。


「そういうことにしておけばいい。とにもかくにも、解毒薬ができれば、おまえの仕事は一段落だろう。愚痴くらい、いくらでも聞いてやる。飲みに行くか」


 友人の気遣いに、ありがとう、と笑いかけようとした瞬間。エリアスが自分を呼んだ。


「アルドリック」


 心なしか、苛立ったようにも響く声。表情に出ないだけで、彼も思うところがあったのかもしれない。はい、はい、と慌ててアルドリックは近寄った。


「ごめん。なに、どうしたの?」

「喋っている暇があったら、これでも持っていろ」


 宮廷が俺に押しつけた案件だろう、と続いたエリアスの声音は、気のせいどころではなく嫌そうだった。

 ごめん、ごめん、ともう一度謝って、乾燥ハーブの入ったガラス瓶を受け取る。だが、自分が受け取ってよいものだったのだろうか。おこぼれ的に許可を頂戴しただけの、国家魔術師しか入室することのできない場所である。


「というか、これ、僕が持ってよかったの?」

「あ、じゃあ、俺が持ちましょうか? 一級魔術師殿」

「図体のでかい男が狭い通路に並ぶな。邪魔だ」

「えぇ、……いろんな意味でどうなの、それ」


 年次で言えば、エミールのほうが先輩だろうに。まぁ、通路が狭いことも、自分の身長がこの中で一番低いことも事実ではあるけれど。


 ……いや、でも、このふたりが平均以上に高いだけで、僕は平均だと思うけどなぁ。


 チビ扱いを受けたことは遺憾だが、口に出すと面倒なことになりかねない。曖昧な微笑で文句を呑み込み、瓶を選ぶエリアスの横顔を窺う。と、青い瞳が動いた。


「なんだ?」

「ああ、いや、ごめん。なんでもないよ。手伝うから、どうぞ、続けて」


 その一言で、あっさりと視線が棚に戻る。ひとつ増えた瓶を抱えながら、アルドリックは、エリアスの言を思い返していた。


 ――なんで、エリアスは、ミアさんが決めたことかって確認したんだろう。


 もし、彼女が「違う」と言えば、――本当はお嬢様を目覚めさせたくないのだ、と。結婚してほしくないのだ、と。打ち明けたとすれば、この子はどうするつもりでいたのだろう。

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