第7話
――認められていないだけで、真に思い合う者がいるような口ぶりだな。
思い出した声に、アルドリックは「あ」と呟いた。石畳を見つめたまま、沈思黙考する。
「どうした?」
立ち止まったことに気がついたらしい。歩みを止めたエリアスが、律義に隣に戻ってくる。傍若無人な振る舞いばかりのくせに、なぜ妙なところでかわいげを見せるのか。本当によくわからないなぁ、と思いつつ、アルドリックは問いかけた。
「きみさ、認められていないだけで、真に思い合っている者がいるような口ぶりだって、彼女に言ったよね」
「言ったが。はったりではないぞ。現にあのメイドも食いついただろう」
そのあとの発言で真っ青になったけどね、との突っ込みは我慢して、それって、そういうことなのかな、ともうひとつを問いかける。
「そういうこと?」
「だから、その……婚約者の口づけで目を覚まさなければ、ご当主も結婚を取りやめてくれるかもしれない。そういう賭けに出た可能性があるって、ミアさん言っただろう?」
「言っていたな」
「可能性じゃなくて、それがお嬢様の計画だったのかもしれないと思って。ミアさんも『眠り姫の毒』に害はないと思い込んでいたから協力したのかも」
「浅はかだな」
「そうは言うけど」
呆れ切ったエリアスの言を、アルドリックはやんわりと否定した。
「きみと違って、僕も、ミアさんも、もちろん、お嬢様も。きみのような魔術の知識は持っていないんだよ。そういう人間からすれば、魔術はなんでも叶えてくれる特別な力に見える」
「……はっきりと言っておくが、魔術は都合良くなんでも叶えてくれるというものではない。大きな力であればあるこそ、相応の対価が必要になる。魔術とはそういうものだ。当然、魔術ではどうにもできない事象もある」
「さすがにわかってるよ。高等学院で学んだしね。ただ、そういうふうに思う人は、きみが思うよりずっとたくさんいるんだってこと」
本当に幼いころ、アルドリックにとって魔術師はヒーローそのものだった。アルドリックには両親の記憶はない。物心がつく前にふたりとも死んでいるからだ。
だから、育ての親である祖母から聞いた話でしか彼らを知らない。その祖母も、今はもういないけれど。
アルドリックの両親は、病魔に侵された幼いアルドリックを助けようと、魔獣の多く出る夜道を急ぎ、隣町まで医者を呼びに行こうとしたのだそうだ。その最中で魔獣に襲われ、死んでしまったらしい。最期の言葉を聞いて治しに来たという魔術師が、祖母に語ったことだ。彼が煎じた薬でアルドリックは持ち直したが、魔獣に襲われた両親の命が返ることはなかった。
魔術師が万能でないことも、身をもって知っている。ただ、それでも、アルドリックは憧れた。同じように誰かを救いたいと願った。
「そういうものか」
不思議そうな色を残しながらも頷いたエリアスに、苦笑をこぼす。
「そういうものなんだよ。とにかくと言ったらなんだけど、この仮定どおりだとしたら、ミアさんが心配だな。きっととてつもない後悔に見舞われているよ」
「あいかわらずの人の良い解釈だな」
「だって、真っ青だったじゃないか。今すぐ戻りたいところだけど、仮説が間違っている可能性もあるし。それに、これ以上、質問を重ねるのもな」
エリアスが二度やらかしているのだ。告白を得るためにも、さらなる不興を買うことは避けねばならない。
「僕が焦って行動することで、周囲から疑惑の目が向いてもかわいそうだし」
ぶつぶつとひとりごとの調子で呟いたところで、アルドリックは確認を取った。
「こういう聞き方は、お嬢様とご当主に申し訳ないとわかってるんだけど」
「なんだ」
「彼女の身体に、まだ問題はないんだよね」
「あの調子であれば、あと三、四日は」
「そっか。よかった……っていうのもよくないんだろうけど、難しいな」
ご令嬢の回復が最優先であるものの、そのための最善の策はなになのか。頭を悩ませていると、エリアスが呆れたふうに口を開いた。
「本当におまえは人が良い」
「え?」
「あちらこちらに気配りをして。昔からそうだったが、疲れないのか?」
「いや、これは気配りというか――」
穏便に答えを引き出す方法を考えていただけだったのだけれど。
唯一の目撃者である彼女は、お屋敷でも調査を受けている。その上で小瓶は発見されず、関与も疑われていないのだ。仮定どおり共謀していたとすれば、彼女が何枚も上手ということになる。そうであれば、切り崩すための切り札が必要だ。
それだけだったんだけどなぁ、と首をひねりつつ、説明を取り繕う。なんだか、随分なお人好しと思われているような。
「まぁ、でも、――もし、ミアさんが共謀していて、きみが感知したとおり小瓶を持っているとしたら、彼女に素直に渡してもらうことが解決の近道だからね」
「尋問するという手もあると思うが。話が早いだろう」
「きみ、北風と太陽の寓話を知っているかな」
「北風と太陽?」
「……いや、いいよ」
アルドリックは、ほとんど無理やり話を切り上げた。あまりにもきょとんとした顔をするので、毒気を抜かれたのである。
自分を見上げていたころの彼ならともかく、大きく育った天才魔術師に一から十まで世の善悪を教えたくはない。
彼には、魔術師としての仕事に専念してもらおう。それで、対人関係のもろもろは、今後も自分が引き受けよう。アルドリックは決意を新たにした。
取り扱い注意の奇人認定を宮廷で受けていることは承知していたが、似た見解を抱かざるを得ない。やっぱり貧乏くじだったな、とも思う。
ちらりと見やった横顔は、「氷のご麗人」の呼び名に相応しい無表情である。だが、アルドリックは説明を省かれて拗ねたそれと知っていた。
――悪い子じゃないんだけどね、本当。……たぶん。
幼いころを知るよしみか、結局はこうして擁護をしてしまうし、薬草部の面々には「迷惑をかけて申し訳ない」と保護者ぶりたい気持ちもある。
もっとも、この天才は、いずれをも必要としていないのだろうけれど。明日の午後、改めてノイマン家に向かうことを約束させ、彼の住む塔に続く道を行く。
見る角度は変わったものの、少し不貞腐れた横顔は懐かしく、「まだ一緒に遊びたい」と嫌がる彼を宥めながら進んだ、幼い時分の帰り道のようだった。
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