第3話

「いくらきみの家だからって、そういうことは」

「だが、事実だろう。ノイマン家が資金繰りに困っているという話も、爵位欲しさにここぞと飛びついた豪商の話も、どちらも聞いた覚えがあるが」

「……そもそもの話なんだけど、魔術師殿の見解を伺ってもいいかな」

「いくらでも?」

「『眠り姫の毒』という名前は、若い女の子が飛びつきやすいものをつけただけだと思うし、実際に出回っていたいくつかは、軽い眠り薬だったと薬草部が実証してるんだ。その上で、ノイマン家のご令嬢は『眠り姫の毒』を飲んだのだときみは思う?」

「見てもいないのに答えることはできない」

「あぁ、まぁ、……それはそうだよね。ごめん」


 道理である。アルドリックは素直に謝罪を示した。そうして、似たようなことを薬草部の魔術師も言っていたと思い出す。エミール・クラウゼ。所属は違うものの、宮廷に勤め始めた時期は同じ。大きな括りで言えば、アルドリックの同期である。年は向こうがひとつ上で、自分と違い、見た目も中身も華やかな男なのだが、不思議と馬が合うのだ。

 今回も貧乏くじを引いたと知るやいなや、当たり障りのない範囲で薬草部の見解を教えてくれたくらいだ。

 実際に見たわけではないから、断言できることは少ないが、と前置いて。


「薬草部の友達も言ってたよ。『眠り姫の毒』とされるサンプルは手に入ったけど、流通しているすべてが同じ流しの魔術師が売ったものとは限らないし、仮にそうだったとしても、すべてが同一成分である保証はないって」

「友達」

「ああ、まぁ、友達というか、同僚なんだけど。いや、やっぱり友達かな。なんだか馬が合うんだよね」


 へへ、と照れ笑いを浮かべたアルドリックに、エリアスはゴミを見るような視線を向けた。なにが職場で友達と呆れたのかもしれない。へそを曲げられてはたまらない、と。アルドリックは慌てて話題を切り替えた。


「ということは、一緒にノイマン家に向かってくれるということでいいのかな。ご当主はできるだけ早いうちにと仰っていて――まぁ、それはあたりまえだと思うんだけど」

「……そもそもの話だが」

「うん? なに?」

「なぜ、俺にわざわざ話を持ってきた。おまえたちのところの――おまえの言うお友達が在籍する薬草部の魔術師で対処できるだろう」

「それは、まぁ、そうなんだけど」


 痛いところを突かれ、アルドリックはもう一度曖昧にほほえんだ。


「ぜひともきみを指名したいというお話だったんだよ。それに、ほら、きみも国の一級魔術師なわけだし、国の依頼はこなさないといけない立場じゃないか」

「一級魔術師がすることでもないと思うが」


 そのとおりでもあったので、説得を取ってつける。


「でも、きみも、引き受けないわけにはいかないと思ったから、僕を指名してくれたんだろう?」


 指名に関しては、半ばやけくそだった気もするが。さておいておくことにする。


 ――なんていうか、適当に名前を知ってる僕を指名しただけで、出てこなかったら「なら引き受けない」で逃げるつもりだった気がするんだよなぁ。


 小さかったころのエリアスであればやりかねないという想像がついてしまったのだ。今は違うかもしれないが、とかく、そういった偏屈というべきか、頑固な部分が強い子どもだったので。

 指名された以上、プライベートの悶々には蓋をして、精いっぱいやるつもりでいる。でも、とアルドリックは思う。

 

 ――あいかわらず、よくわからない子だよなぁ。


 話すこと自体がひさしぶりなので、わからなくても当然かもしれないが。

 何年ぶりになるんだったっけ、と記憶をたどって、アルドリックは内心で頷いた。六年だ。

 六年前。高等学院を卒業し、見習いとして働き始めたばかりだったころ。祖母が亡くなって村に戻ったアルドリックを迎えたのは、魔術学院の寮に入ったはずの彼だった。祖母の葬儀のために、わざわざ帰省してくれたのだ。

 けれど、自分はろくなことを言わなかったのではないだろうか。


「それに」


 不服そうなエリアスを持ち上げようと、笑顔を向ける。繰り返すが、ここでへそを曲げられるととても困るのだ。


「ぜひともきみに、というご当主の要望はわかる気がするよ。ほら、なにせ、きみは十年に一度の天才で」

「それならば、どうしてビルモスに頼まない」


 おべっかを切り捨てられ、はは、とアルドリックは乾いた笑みを刻んだ。

 いくら最年少の一級魔術師と言えど、我が国の誇る大魔術師を引き合いに出されてもなぁというのが正直なところだったが、本音は呑み込む。

 宮廷に所属する常勤の魔術師は、薬草学に関する研究を行う薬草部と、騎士団同様に国防を担う魔術兵団にわかれており、王国唯一の大魔術師である彼は魔術兵団の特別職に就いている。

 ちなみに、フリーの魔術師であるエリアスは、宮廷の依頼を断らずに引き受ける立場だ。あくまで基本的には、だが。


「それは、ほら、ビルモスさまは国防に専念されていらっしゃるから。……あと、きみ、いくらなんでも『さま』くらいつけなよ。ビルモスさまはこの国唯一の大魔術師さまで」

「あの戦闘狂にか。物は言いようだな」


 くっくと呆れたふうに喉を鳴らすエリアスを眺め、アルドリックは尋ねた。

 ムンフォート大陸の五大魔術師と呼ばれる存在はみなの憧れで、魔術師を夢見た幼いアルドリックにとっては神にも等しい存在だった。

 それなのに、同じ魔術師であるエリアスは違うのだろうか。王立魔術学院に通う生徒は、そこを目指して勉学に励んでいると思っていた。


「きみは五大魔術師に興味はないの?」

「ない。五大魔術師などと聞こえの良い呼称を使っているだけで、人であることをやめたやつらの集まりだろう。俺はそんなものになるつもりはない」


 それに、と心底不快そうにエリアスは続ける。


「魔術学院をまともな成績で卒業した魔術師に、あの戦闘狂に好意的な感情を抱く者はほとんどいないと思うが」

「えええ。どういうことなの、それ」

「卒業試験で問答無用に叩きのめされる。――が、教育的見地ではなく、個人的な嗜好の末というのが共通見解だ。演武というレベルではない。そもそも、五大魔術師という大仰な名前を有しているくせに、隣国からほぼ出禁の扱いを食らっているやつだぞ?」

「……できれば、あまり知りたくなかったな」


 また聞きのまた聞きで、国を離れることができないという噂を聞いたことはあったけれど。国防に専念されていることが理由と思っていたかった。

 引きつった愛想笑いを浮かべたアルドリックに、エリアスは淡々と言い募った。


「魔術師だから、五大魔術師だからと言って、盲目的に憧れないほうがいい」

「…………そうだね」


 幼かった自分が嬉々として語った魔術師談義を指しているとわかったので、苦笑いにしかならない。

 自分も努力をすれば、一流の魔術師になることができると夢を見ていたころ。魔術師も、五大魔術師も、アルドリックにとって遠い煌めきの憧れだった。


 ――その憧れにこの子はなったんだなぁ。


 エリアス・ヴォルフ。十年にひとりの天才と謳われる王国最年少の一級魔術師。ひさしぶりに会ったせいか、子どもたちの憧れを煮詰めた結晶そのもののように見える。

 感慨をしまい込み、アルドリックは三度話を切り替えた。冷めてしまった紅茶を飲み切り、にこりと笑いかける。


「とにかく、僕は宮廷の使者としてここに来たわけで。できれば、きみに任務を引き受けてもらいたいのだけど、構わなかったかな」

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