第11話 「Ⅴ→Ⅵ 2」
やりたいこと? そんなことを聞かれてもわからない。
一日の間に何か一つでも楽しみがあればそれで充分。甘いものを食べたり、おしゃれしたり、友達と話したりするのを楽しむ——それが「私」の毎日。
だから、進路とか人生とか言われてもよくわからない。
私は私で毎日楽しんでるんだから、それでいいじゃん。
押し寄せる「やらなきゃいけないこと」と日々の「楽しみなこと」。その
——そう思って生きていた。だから、焦がれてしまった。
生きている時間の全てを使って、叫んでいる。何かを求めてやまないその声が、私にそっとささやいた。
——なあ、そんな生き方じゃ、おもしろくないだろ?
*
——何をやっているんだ、私は。
私——
時刻は夜九時。お風呂上がりに水色のTシャツと白色のハーフパンツの寝巻きに着替えた私は、今日の自分の行動について振り返り、大きくため息をついた。
「……
私は、勉強机の上に置いてあるスマホに目をやる。あの後、何か一言メッセージを送ろうと思ったのに、なんと言ったらいいのかわからなくて結局なにも送れなかった。かといって秀叶から連絡が来るわけでもないので、私には秀叶が今なにを思っているのかわからない。それがとても恐かった。
怖いといえば、秀叶といる時にカレン達と遭遇した時にはかなり焦った。突然のことに、私はほとんど何も言えなかったと思う。もう正直に話すしかないのかな、って思って、でもやっぱり怖くて何も言えなくて——
そしたら秀叶が突然あんなことを言い出した。びっくりした。
——なんで? と、私は思う。
そんなこと言っても、別に秀叶に良いことないよ? 私も動揺してたけど、秀叶だって同じくらい動揺してたでしょ? なんで? 別に言えばいいじゃん。秀叶は巻き込まれた側じゃん。なんで
『そう、秀叶くんは、そういう人……』
ふと、今日、
秀叶、秀叶って、まったく説得力ないな……、私。
私はあの時の、秀叶がいなくなってからの絵梨歌との会話を思い出す。
『弦華ちゃんは、秀叶くんのことどう思ってるの?』
『さっき友達に聞かれた時、すぐに答えられなかったよね? それはどうして?』
『——そ、それは! それは……、知られたくなかったからだよ、私がMVを作っているってことを、カレン達には……』
『本当にそれだけ?』
『……どういうこと?』
『弦華ちゃんにとって、秀叶くんはただの友達じゃないんじゃない? っていうこと』
『——っ!』
『……やっぱりそっか。……弦華ちゃんは、秀叶くんのことが好きなんだね』
絵梨歌の言葉に、私は反射で口を開く。
『——違うよ! 別にそういうのじゃない! 私は別に——』
『ごめん、聞き方が悪かった!』
『え』
絵梨歌は一度目を伏せ、何かを確かめるようにしてから、ゆっくりと視線をあげた。
『——弦華ちゃんは、「秀叶」が好きなんだね』
『え……』
今度は、反射的に出る言葉が見つからなかった。
『……ずっと怪しいとは思ってた。だからずっと、こっそり観察してたんだ。でも、今の反応で確信したよ。……弦華ちゃんはずっと嘘をついていたんだね』
『——ち、違うよ! いや、違くはない……。けど、騙してるわけじゃない! 私はただ秀叶に——』
『大丈夫、今さら変な勘違いをしたりはしないよ。言ったでしょ? ずっと見てきたって。……でも、だからこそ知りたい。弦華ちゃんは、なんでそれを隠してるの?』
絵梨歌の目はとてもまっすぐで、私は思わず顔をそむけてしまう。
『それは……。「秀叶」は素顔を明かしてない。だから、人にバレたくないのかなって、気づいてても言わない方がいいのかなって、そう思って……』
私がそう言うと、絵梨歌はどこか納得したような、寂しいような哀れんでいるような表情をして、フッと笑った。
『やっぱり、弦華ちゃんは嘘つきだね……』
『——っ!』
まるで喉が詰まったようで、私は無理やり呼吸しようと言葉を吐いた。
『……なんで?』
『なんでって?』
『……なんで秀叶は、あんなこと言ったの⁉︎ あそこで秀叶が犠牲になることないじゃん! とっさに嘘ついちゃうのはわかるよ? でもさ、そういう嘘って、普通は自分を守るための嘘なんじゃないの⁈ なんで咄嗟に出た嘘が、私を守るための嘘なの⁈』
すると絵梨歌は微笑んで、どこか懐かしむように、そして覚悟したように口を開いた。
『——そう、秀叶くんは、そういう人……。そんな人だから、私は秀叶くんを好きになったの……』
『——っっ!』
私は今度こそ息ができなくなって、気づけばその場から走り去っていた。
——まったく、本当に何をやっているんだか。
私は寝転がったままスマホを手に取り、その画面に目をやった。
私は結局、嘘を突き通せなかった嘘つきだ。
言葉や表情では出来ても、心だけには、嘘をつけないのが私だ。
——ねえ、どうして?
私は聞きたい。ずっとずっと尋ねたくてしょうがなかった。
本当はずっと思ってた。だけどずっと言えなかった。だから——
——パッと、光が差して バッと私は立ち上がるの
——ねえ、あなたは知らないでしょ
——あなたの火が、ここにあること
私は歌で、伝えることにしたんだ。
*
俺——野中秀叶は、ビビっていた。
昨日の撮影から一晩が経ち、木曜日の放課後。俺は例の空き教室に向かう途中にある階段を、気持ちゆっくりめに上がっていた。
『今日、放課後あの教室で話せないかな?』
——今日のお昼、久しぶりに男友達とご飯を食べていた俺のもとに、弦華から届いたメッセージだ。
昨日の件があってから、弦華とは一度も話していなかったし、詳しいことを聞こうと思った絵梨歌も今日は学校を休んでいたため、俺は内心かなり不安だった。だから、ひとまず会話の場を設けられたことに安心したのだが、その内容が打ち合わせとも限らない。
もし何か心境に変化があったのだとしたら、MV制作をやめると言い出したなら……。
どうやら俺はそれを不安に感じているようだった。
そうして迎えた現在——放課後。普段なら絶対に俺が先になるのだが、今日は俺が掃除当番になっていたため、弦華の待つ教室に俺が訪れる形になってしまった。掃除中は掃除中で、昨日俺が嘘をついた女子達に告白について詰め寄られ、それなりに疲れた。
「フー……」
教室の前に着いた俺は、ドアに手を掛け息を吐く。
……そういえば、今日も弦華は友達からの誘いを断ってきてるんだよな。そこは一体どういうことになっているんだろうか。掃除の時に聞いてみるべきだった……。
などと時間稼ぎを重ねてしまう。もういい加減、覚悟を決めなければ——
「——入らないの?」
「うわぁぁ‼︎」
横から声をかけられ、俺はガラにもなく大声をあげ驚いてしまう。
見るとそこには、手にハンカチを持った弦華が立っていた。程よく着崩された制服にハーフアップの髪——いつも通りの弦華である。
「……アハハハ! そんなに驚くことないじゃん!」
「そ、そうだよな。あははは……‼︎」
「……え、なにその笑い方。すごく不自然だよ?」
「え! いや、その……」
テンション感を掴めず苦笑いをしていると、弦華はニコッと笑って俺の手を引いた。
「早くなかに入ろ! 撮影の打ち合わせするんだから‼︎」
「あ……」
触れる手に彼女の温度を感じながら、俺はスッと肩から力が抜けていくのを感じた。
打ち合わせ……、そっか——
「良かった……」
自分が心から安堵していることに気づき、俺はなんだか可笑しくなった。
「ん? なんか言った?」
「いや、なんでもない。……二人ってのも、久しぶりだな!」
「だね! ……あのさ、ちょっと提案があるんだけど」
昨日まで絵梨歌と三角形を作るように座っていた俺たちは、不自然な横並びで座る。
弦華は俺をまっすぐ見つめ、ガラにもなく真剣な表情で口を開いた。
「——明日は、二人で撮影にいこ!」
再び、ドミナントセブンが鳴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます