Act.6 SHINMEI Tunnel-三分間の真実-
一週間後の金曜日の夜、SCSメンバーは閉鎖された地下開発現場の入り口に来ていた。
錆だらけのフェンスにかけられた『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた看板を懐中電灯で照らしながら、マホロは保安局から預かった鍵でチェーンロックを開錠する。
「こ、ここって、例の二十年前に開発が中止された工事現場だろ? 戦没者の幽霊がどうのって言う……」
「そう。すぐ上を地下鉄が走っていて、その更に上がシンメイトンネルだよ」
あからさまにビビっているスネークは、手持ちの懐中電灯で辺りをくまなく照らした。骸骨が口を開けたようながらんどうな通路に、地下鉄の通る音がごうごうと響く。放棄された開発現場は今も重機が散乱していて、当時の混迷っぷりがうかがえた。
「当時の現場作業員たちを襲ったのは幽霊じゃなくて、セイレーンの歌だ」
「せいれーん、ここ、いる?」
「ううん。ここにいるならさすがに当時でも気づいたはずだよ」
つまり、生息地は開発現場よりもっと下層。シティにはいくつもの地底湖が点在しているので、発見されていない区画があってもおかしくない。
「秘密の地底湖で歌ってるってこと? いくら過敏聴覚種でもそんなの感じ取れるのかしら? この工事現場ならまだしも、トンネルのすぐ下は地下鉄が通ってるのに」
「だから金曜日の二十二時に事故が起きてたんだ」
「どういうこと?」
「説明する前に、先に
言われるがまま、ミラージュはワイバーンの炎すら受け止めた最高位の防御魔法を発動させた。事前に展開しておけば、セイレーンの歌も弾き返せる。狭い通路内を歩くメンバーたちをドーム状に覆いながら、真っ暗な道を歩いた。
「関連性のある事故が始まったのが三年前。ちょうどその頃、地下鉄のダイヤ変更があったんだ」
シティでの主な交通手段である地下鉄は、昼夜を問わず絶え間なく走り続ける。音に反応してころころと色を変えるネオンライトが示すように、街ではいつどこにいようと地下鉄が走る音と隣り合わせだ。ただ、とある場所の数分間を除いて。
「地下鉄の路線図と時刻表を照らし合わせてみたら、案の定だったよ。ほら――」
マホロが腕時計で設定したアラームが鳴ると、通路に響いていた地下鉄の騒音が止んだ。直前の車両が通り過ぎる音だけが遠くへ走っていくようだ。
「金曜日の二十二時二分から五分までの三分間だけ、列車が通らない無音の時間ができるんだ。そこに過敏聴覚種がトンネルを通って、事故が起きてたってわけ」
まるで別世界に足を踏み入れたような静寂の中、
「エルフのミラージュとスピアライトにはもう聞こえるんじゃない?」
「……スピアお姉様、これって……」
「ああ……間違いない、セイレーンの歌だ」
主旋律と伴奏を声で紡ぐアカペラの美しいアンサンブル。海の言葉なのか意味はわからないが、物寂しい歌声は聞く心を駆り立てられる。ミラージュの魔法防壁がなければあっという間に精神干渉を受けていただろう。
「スネーク、今のうちにウツスンデス二号機でどこから声がするのか調べてみて。次の地下鉄が来るまであと二分しかないよ」
「お、おう!」
「マリは人形を使って偵察してくれるかな? この先は工事途中で危険な個所も多そうだから」
「りょーかーい!」
マホロに言われてハンドカメラを改良した何でもスキャン装置、ウツスンデス二号機を構えると、わずかに検知されたセイレーンの声が波形グラフになって現れた。奥へ進むに連れて波形はよりはっきりとしたものへ変わり、徐々に目的地へ近づいているのがわかる。
マリオネットは血まみれの塗装がされた不気味なブリキの兵隊を操り、奥へ奥へと先に進んで行く。操り人形と視覚が共有されているので、偵察にはぴったりだ。
やがて一行は、舗装もされていない掘削現場の最奥まで辿り着いた。タイムリミットを迎え、さっそく車輪が線路を走る轟音に支配される。
「ここの反応が一番でかかったな」
「つまりこの下が地底湖だね」
スネークに言われ、マホロがブーツの爪先でトントンと地面を鳴らす。どれほど地盤が続いているかわからないが、歌声が聞こえたということはそう深くないはず。
「みんな、少し下がっていろ」
ティアーズイヤリングを指で弾いて銀槍を出現させたスピアライトは、十字の矛先を地面へ真っ直ぐ向ける。ぶち破るつもりだ。さすが七英雄のエルフ、パワーこそ力、だ。
「く、崩れたりしないわよね……?」
「内部もある程度は補強されてるから大丈夫じゃない? 崩れたらその時はその時ってことで」
「ほんとお気楽バカだな、お前。そのうちガルガの胃に穴が開くんじゃねーか?」
「がるが、ぽんぽんぺいん!」
「えー、僕のこと心配しすぎて胃潰瘍になっちゃうとか健気で可愛すぎるんだけど」
あっ、だめだこいつ――。
全員が眠るガルガに心の中で手を合わせた。ちょっと照れた愛らしい笑顔で拗らせまくってるヒューマのやたらどろどろした愛情を受け止めきれるのはお前しかいない。がんばれ。
「いくぞ」
魔力でコーティングして研ぎ澄まされた切っ先が、真下を突き刺す。重機で削り出していた硬い岩肌に爪楊枝を刺したような奇妙な構図だ。
スピアライトは両手で柄を握ってさらに魔力を込める。銀槍が突き刺さった場所から、亀裂が少しずつ広がり始めた。
「あたし、嫌な予感がするんだけど……」
「奇遇だな、俺様もだ」
「ぴしぴし、ばきばき」
「やっちゃえ、スピアライト~!」
矛先から送り込まれる魔力が『ゴゴゴ……』と地響きを起こす。どんどん広がっていく不穏な亀裂に表情を曇らせる面々の中で、マホロだけがやたらと前向きだ。もうすぐ事件の真相とお目見えできる高揚感がそうさせるのだろう。怖い物知らずというか、肝っ玉お化けというか。
マホロに振り回されるのはガルガだけで十分なのだ。だから早く起きてくれ、頼む――全員がガルガの目覚めを心の底から願う中、とうとうヒビだらけになった足元が崩れた。
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