Act.3 Clue Discovery-金曜日の二十二時-
「データベースにある実況見分書以外の資料が見たい、と……」
「うん。難しいかな?」
セントラルタワー一階の保安局、その一ツ星受付窓口に座るアメリアの愛らしい顔が曇った。彼女の渋い反応に、マホロとガルガは顔を見合わせる。
「受付嬢の権限は、あくまでシティガード向けに公開されているデータの範囲までしか及びません。未公開資料を無断で提供するのは越権行為になってしまうんです。ごめんなさい……」
「依頼人のためなんだ。アメリア、どうにかならない? 君にしか頼めないんだ」
「わ、私にしか……!?」
想い人からの真摯なお願いに、褐色の頬がボボボッと火照る。が、すぐ隣から『ガルルル……』と殺気のようなものが向けられた。案の定、独占欲に火が着いた心の狭いガルガだ。マホロにバレないように脳直でガルルルしてくるあたり、厄介すぎる。
「こ、交通課に同期がいるので、資料の閲覧ができないか頼んでみます!」
「さすがアメリア、ありがとう!」
「ひゃわーーーっ!?」
マホロの大きな両手がアメリアの手を握る。下心が一切ない友愛の握手に、アメリアの脳内は『はぁあああんマホロくん好きですぅぅうう!』と『イヤァアアアアアアガルガさんに〇されるぅぅうう!』の二極化で大混乱に陥ったのだった。
❖
アメリアの
魔界種スケルトン族のティトラスは、剥き出しの骨をカチャカチャ鳴らしながら周遊回廊を上る。その背中はがくんと曲がり、スケルトン族特有のズンと重たくなるような負のオーラが溢れていた。
「アメリアから連絡が来たから舞い上がって駆けつけてみれば、まさか男を二人も紹介されるなんて……」
「何かごめん?」
「謝罪で済んだら保安局はいらないんだよ! 君たち、僕ら保安局第九十七期生の女神とどういう関係なんだい!?」
「どうもこうも、ただのシティガードと受付嬢だろうが(むしろそれ以外認めねぇ)」
アメリアガチ勢のティトラスからネチネチとつつかれ、マホロガチ勢のガルガは牙を見せる。妙な威圧の正体がわからぬマホロだけがけろりとした顔で歩く。
そうしているうちに、三人は『資料保管庫』の札が下げられた扉にたどり着いた。ティトラスは胸ポケットからカードキーを取り出す。
「十五時にはモンマ巡査部長が巡回から戻って来る。それまでに済ませてくれよ」
「うん、ありがとう」
「…………」
「何だよ、言いたいことがあるならはっきり言えよ」
何かを言い淀むティトラスの匂いに勘づき、ガルガせっつく。すると、がらんどうな両目の奥に灯る仄かな霊力の炎が揺らめいた。
「モンマ巡査部長は元捜査課のエリートで、現場経験が豊富な方だ。だから自分の判断に絶対的な自信を持ってる。そこに口を出されるのが許せないタイプでね」
「だからって都市民からの再捜査の申し出を一方的に蹴っていい理由にはならないよね?」
「ああ。だから、やるなら徹底的に調べてほしい。……情けないけど、僕にはその勇気がなかったから」
入局二年目の新人が粗を指摘するには、モンマ巡査部長とはキャリアが違いすぎる。内側から正すことができないと諦めた自分の不甲斐なさが、ティトラスは悔しいのだ。
「勇気ならあんだろ」
「えっ?」
「僕らの依頼人のためにこうして鍵を開けてくれた。君は誠実で勇敢な保安局員だよ」
ガルガとマホロの言葉に、ティトラスの内に灯る炎が迸るようだった。風に煽られて火柱が立つように、ぐつぐつと正義の心が燃え滾る。それは保安局員を志した時の気持ちそのものだった。
百年戦争で最多の被害を
「……ありがとう。あ、でもアメリアは簡単には渡さないからね!」
「ならさっさと告白して付き合えよ」
その方がガルガの心境的に穏やかなのだ。誰かにマホロを取られるとしたら、今のところアメリアが最有力候補なのだから。
「ハァ!? 彼女が誰かのものになるのがまず解釈違いなんだが!? 仮にそれが僕だとしてもな!」
「わぁ、拗らせてるねぇ」
ガルガへの家族愛を無自覚に拗らせまくっているマホロにだけは言われたくないだろうが、残念ながらここにツッコミ担当はいない。
❖
『スネークとトンネル内をくまなく調べたが、魔法が行使された痕跡や異能力の残滓は確認できなかった』
『俺様のウツスンデス二号機のスキャンにも何も引っかからなかったぜ』
日が暮れた自宅のリビングテーブルで、パクトを使ったリモートの報告会が開かれた。事故現場を再調査しに行ったスピアライトとスネークからの報告に、マホロとガルガは腕組みする。やはりと言うべきか、さすがに保安局がまともな証拠を取りこぼすほどずさんとは考えにくい。
『あたしとマリちゃんはトンネル周辺へ聞き込みに行ったんだけど、これといった収穫はなかったわ。どれもオカルトみたいな噂話ばっかりで……』
『トンネル、ちか、ユーレイ!』
「幽霊?」
ミラージュとマリオネットからの予想外のワードに、マホロが食いついた。
『二十年くらい前の話よ。北区で地下開発事業があったんだって。だけど掘削作業をしてた現場作業員が次々と原因不明の病に倒れたとか事故が頻発したとかで、事業が中止になっちゃったの。それで戦没者たちの幽霊のしわざだ~って噂が広まったみたい』
「ありがちな話しだな。類似性のある事故が続いてるのはここ三年くらいだから、二十年前の幽霊は関係なさそうだし」
ノート
モンマ巡査部長にばれたら大目玉を食らうのではと心配する二人に、「シティガードに協力することは保安局員に課せられた義務だから、バレても問題ないさ」と言ってのけた。頼もしい協力者に感謝しなければ。恋愛と信仰をだいぶ拗らせてるけど。
『はぁ、まだまだ真相にはたどり着けなさそうね~』
『そっちはどうだ? 事故に関連性は見つかったか?』
スピアライトの問いに、ガルガは返答に困って眉間にしわを作った。
「いや……事故を起こした運転手たちに個人的な接点はなさそうだ。出身も経歴も種族もみんなバラバラなんだよ。デーモン、アングラマウス、イルカ系魚人族、ジャイアントモス、それにヴァンピール……」
「偶然って言うには頻度が高いけど、原因ってほどの証拠がないのも確かなんだよね」
『何だよ、結局手がかりなしじゃねぇか』
「うっせぇな、お前だって収穫ゼロだろうが」
スネークとガルガがバチバチし始めたので、明日の朝のミーティングで仕切り直そうということになり、リモート報告会はお開きになった。
時刻は二十一時。事故記録を読み漁るのに夢中ですっかり夕食を食べそびれてしまった。
「あ~、今から夕飯作るのダルいな。何か食べに行くか?」
料理はほぼガルガの担当だ。マホロに任せたらカップ麺と冷凍食品しか食卓に並ばない。何なら掃除も洗濯もガルガの担当である。マホロの仕事は週に二回のゴミ出しと、たくさん褒めて感謝を伝えること。
「そうしよっか。この近くでまだラストオーダーに間に合うのは……」
二十二時まで営業している庶民的なファミレスが思い浮かんだ脳内に、パチッと電流のようなものが走った。両腕を天井に向けて伸びをするガルガを押しのけ、
「マホロ?」
「……見つけた」
そう言ってカーソルを合わせたのは、事故の発生時刻。そのどれもが二十二時十分前後を示している。
「しかも発生日を曜日に換算すると……」
「――金曜日だ」
つまり、トンネル内の事故は決まって金曜日の二十二時過ぎに起きるということ。
二人は無言でコンクリート壁に掛けられた時計へ視線をやった。
「それって……今日じゃねぇか!」
「行こう、ガルガ」
日時が限定的な事象なのであれば、条件が揃わない状況で現場を見ても意味がない。幸いにもシンメイトンネルはここからほど近いので、
二人の決断は早かった。
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