Act.2 Sweetheart -依頼人-

「つまり、彼氏さんが起こした事故の真相を突き止めてほしいってことね?」


 どう見てもスナックのボックス席にしか見えない事務所の応接セットで話を聞いていたミラージュに、依頼人の女性は膝の上に重ねた手を不安そうに見下ろして「はい」と頷いた。


 カシワギ・リリア、二十六歳。職業OL。

 清楚な長い黒髪にオフィスカジュアルなブラウスとスカートがよく似合う、ごく普通のヒューマだ。


 近くのカウンターに座り話を聞いていたスネークは、自前のラップトップ型パクコンで保安局のデータベースにアクセスして、事故の実況見分書に目を通した。


「だがよぉ、保安局が居眠り運転だって判断したんだろ? ブレーキ痕なし、周囲に魔力操作の痕跡なし、おまけにバットの監視網にも何も引っかからず。これだけ見りゃ妥当な判断じゃねぇの?」

「彼はヴァンピールですよ? 夜が続くこの街で眠気を感じるはずがないんです。それに……」


 膝の上で重ねられた手が、悲しみを抑え込むように強く握り込まれた。


「外傷が完治して一ヵ月も経つのに、ずっと目を覚まさないんです。治癒魔法も効果がないし、お医者様はこのまま様子を見るしかないと……だからもしかしたら事故の原因が別にあるんじゃないかと考えて、保安局に再捜査を依頼したんです。そしたら……」

「門前払いされたってか」

「はい……。もう処理された案件だから、と。むしろ彼が居眠り運転したと決めつけて、こちらの過失を責めるような言葉を並べられて、私っ……」

「まぁ保安局の立場から言わせれば終わった案件をほじくり返されたくねぇってのは当然で――イデデデデッ!? 何だよスピアライト!?」


 カウンターの奥に立ったスピアライトが、スネークのオレンジ色のトサカの一つを思い切り引っ張った。それこそむしり取る勢いで。


「リリアは困ってうちに来てるんだ。追い詰めるようなことを言うんじゃない。だからお前は恋人ができないんだぞ」

「恋人は余計なお世話だっつーの! マホロも何か言ってやれよ!」

「スネークに恋人ができないのは気が利かないのと金遣いが荒いのと服の趣味が悪いのとゴールドアクセサリーがジャラジャラうるさいからじゃない?」

「普通に悪口!! って、そっちじゃねぇよ! お前だって実況見分書見たんだろ!?」


 徘徊老人を介護施設の担当者へ引き渡したマホロとガルガも、少し遅れて打ち合わせに参加していた。マホロはミラージュの隣に座り、パクトを開いてスネークと同じように保安局のデータベースを閲覧している。彼の脳内団地は犯罪者専用。事件性のない事故まで記憶に留めておけない。シティではそれだけ犯罪が多いのだから。


「この事故だけ見たら怪しい点はないと思う。でも――」

「やけに事故が多いな、このトンネル」


 後ろの席からガルガが身を乗り出し、マホロの後頭部越しに画面を覗き込む。

 二人が気になったのは、事故が起きた場所だ。


 シティ第三層北区シンメイトンネル。この場所を指定してでデータベースを検索すると、事故が頻発していることがわかる。それも全て運転中に意識を手放した運転手の過失とされていた。今回の件と類似している。


 リリアはマホロの指摘にパッと顔を上げ、持っていたバッグから新聞の切り抜きを広げた。どれもシンメイトンネルで起きた事故の記事だ。


「実は私も自分で調べてみたんです! そしたらこの三年間だけで十回以上も事故が起きてます。これって偶然だと思いますか?」

「それはちゃんと捜査してみないとわからないよ」

「他のシティガードにも再捜査を依頼したんです。だけど、どこも保安局への体裁を心配して、依頼を受けてくれませんでした」


 保安局のはシティガードの元締めのような存在。彼らが既に処理した案件の粗探しのような真似をすれば、角が立つのは避けられない。

 下唇を噛んで茶眼を潤ませたリリアは、縋るように正面のマホロとミラージュを見つめる。


「どうしたらいいのか、もうわからなくて……。そしたら先日、よく行く定食屋の女将さんがこちらを紹介してくれたんです。必ず力になってくれるからって」


 メタモスライムやワイバーン変身事件の時の、あの小人族の女性だ。ちなみにワイバーンが変身してめちゃくちゃにされた店は、保安局からの助成金とSCSからの見舞金で、無事に建て替えられた。ちょうど一昨日の再オープン記念に顔を出して、自慢の点心セットをご馳走になったばかりだ。


「やっぱり難しいですよね……。皆さんのこれからのお仕事にも関わってくるでしょうし……」

「リリアさん、あれ見て」


 意気消沈した様子の依頼人に柔らかい声で微笑みかけたミラージュは、入り口の扉のすぐ近くを指さす。首が取れた不気味なブリキの兵隊が壁際でぴょんぴょんと飛び跳ね、「ここ、ここ」と主張する。クッションを敷き詰めた窓際の定位置からマリオネットが操る人形だ。

 そこには、スナック店でしか見ないであろう光沢のある真紅の壁紙から明らかに浮いている掛け軸があった。力強い毛筆は、ミラージュの直筆だ。


 持てる者は抱えよ

 持たざる者には与えよ

 持て余す者からはぶん取れ


「シティができたばかりの頃、保安局やシティガードができる前に街の治安維持活動を自発的にしてた自警団がよく使ってた言葉でね、うちの社訓なの。持ちつ持たれつってやつ」


 リリアが生まれるずっと前の話だ。当時はミラージュもまだほんの子どもで、恵まれた種族のエルフと言えど他者の支援がなければ生きていけなかった。終戦間際にエルフ陣営で生まれた彼女がなぜシティで育ったのかは、また別の機会に語るとして――。


「何かを抱えられる量って人それぞれだけど、何かを持てば何も持ってない誰かに分け与えることができる。何もかもを持ってるのに困ってる人へ分けようとしない傲慢な奴らには、実力行使あるのみ! シティに暮らす百種族の住民たちはそうやって支え合いながら、そして間違いを正しながらここまで発展してきたのよ」

「ミラージュさん……」

「だから、今度はあたしたちが保安局からぶん取ってきてあげる。あなたの恋人の名誉と、事故の真相を」

「そ、それじゃあ……!」

「カシワギ・リリアさん。あなたの依頼、あたしたちSCSが引き受けます!」

「ッ……! あ、ありがとうございます! どうかよろしくお願いします!」


 不安で張り詰めていた緊張が解けたのか、リリアはその場で大粒の涙を零した。

 ミラージュが席を移動して彼女の肩をさすりながら抱き寄せる様子に「女神だ」と鼻血を垂らしながらパクトのカメラで連写するスピアライト。無音カメラなのが常習性を表している。つまり、いつもの事なので誰も突っ込まない。新たな依頼が舞い込んだSCSは、今日も困っているシティ都市民のために通常運転だ。

 

 そんな中、リリアが密かに抱えたに気づいたのは、鼻の良いガルガだけだった。

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