守護狼の遠吠え(6)

「――だから、抗わせてもらう」


 痛みを伴いながら巡る血の呪縛を振り払うように、銀槍が振り下ろされる。魔法陣の裏で限界まで引き絞られた光の切っ先が、流星のごとく降り注いだ。

 鋼鉄の竜鱗が洗練された魔力に次々と打ち砕かれる。痛みで暴れるワイバーンはとうとうマリオネットの糸を引きちぎり、風穴が開いた翼膜をは大きくためかせ、飛び上がった。だが上手く風を掴むことができず、ミラージュの防護壁やビルにぶつかりながら不安定に空を飛ぶ。混濁する意識の中で忌々しいエルフを睨みつけ、厭悪に燃え盛る炎を一直線に吐き出した。


「スピアお姉様!!」


 悲壮に叫んだミラージュの声が遠くに聞こえた。それに、宙を駆ける蹄鉄の音も――。


「ヒィィィイイイインッ!!」


 炎が直撃する直前、涙目で駆け付けたアストルがスピアライトを背にさらい、大きく飛翔した。

 スピアライトは力の入らない身体に鞭を打って体勢を整えると、赤い筋が消えかけた手で純白のたてがみを撫でる。


「三分遅刻だ、アストル」

「ヒィイイッ!? ブルルッ、バウッ!!」

「……だが、間に合ったから良しとしよう」

「! ヒヒーーーーーンッ!!」


 表情豊かなペガサスは、スピアライトの許しを得られて嬉々とした様子で夜空を駆け上がった。

 ミラージュがその姿を見届けてほっとしたのも束の間。ワイバーンは憎々し気な唸り声を上げると、アストルを猛スピードで追いかけ始めたのだ。報復すべしは痛手を負わせたスピアライト。猛追してくる脅威にギョッとしたアストルは、涙と鼻水を空に撒き散らしながら全速力で逃げる。


「これぞ好機! 品のないペガサスよ、そのまま囮になるがいい!」


 しまいには標的に全く当たらないレーザービームの雨まで降って来る始末。

 どうして自分がこんな目に。夜空で輝くだけの簡単なお仕事をしていたはずなのに! 鼻の穴をヒンヒンと開き、むき出しになった歯茎を噛み締めて、アストルは己の運命を嘆いた。

 後方から火炎や暴風のブレス、頭上からはノーコンのレーザービーム。必死に攻撃を潜り抜けながらビルの隙間を走り抜ける。翼の先端がレーザーに擦れてちょっと禿げた! ヒィィイイン!


 泣きべそをかくペガサスの様子も、若い社長の暴挙も、追従するバットがその全てを録画している。保安局で事の行く末を見守っていたヒフミは、つるつるの頭を閉じた扇子で叩いた。


「ゴロー、愚かさもここまで極まるといっそ憐れじゃ」


 冥神メイメイの御許へ先立った娘夫婦の忘れ形見。親代わりとして特別厳しく育てた一方で、両親を一度に失った幼子の寂寞を埋めるために可能な限り甘やかしもした。真っ直ぐで自分を偽れない、素直で不器用な子だ。今はまだ自分の地固めのことしか考えられない幼稚な孫だが、今後はその純真な心根がシティの平和へ向けられることを切に願う。


「さぁたんよ、SCSの連中に伝えておくれ。――多少手荒でも構わん。孫を止めてくれ、とな」

「相分かった」


 ゴールデンナンバーズ社の新型兵器・オートナイトの撃墜許可は、アメリアを通してすぐにミラージュたちへ通達された。


「撃墜って言っても、あんなのどうやって……」


 パクトを閉じて言い淀むミラージュの隣で、スネークがサングラスを額に掛けた。ラップトップでパラソルを制御しながら、ずっとオートナイトをスキャニングしていたのだ。おかげで大体の仕組みやスペックは絞り込めた。


「金ピカ野郎の動力は火属性魔法を積んだリアクターだ。熱動力で魔力と電力両方を生み出す半永久機関みてぇなもんだな。背中にでっけぇランドセルみたいなのしょってるだろ? あれを切り離しちまえば止められる」

「ほんとに!? ならさっそく――」


 すると、レーザー砲を連射していたオートナイトから突如爆炎が上がった。

 慌ててサングラスでズームしたスネークが目を見開く。それまで傲慢な射撃を繰り返していたオートナイトが高熱線を張り巡らせた鋼鉄の刃を振るい、自らの背中を刺しまくっていたのだから。


「じゃま。さっきから、ずっと」


 苛立った声でぼそりと呟いたのは、両手の指をばらばらにしならせるマリオネット。ワイバーンに千切られた不可視の糸を今度は巨大な金の人形へ伸ばし、その全てを掌握したのだ。


 突然機体が制御不能になったことで、ゴローが半狂乱になって喚き散らかす。


「な、なんで操縦できない……!? これも不具合なのか!? ええいっ、使えないメカニックどもめ!! 全員クビにして――っ、うわぁああああッ!!」


 背中のリアクターが内部爆発を起こし、節々が砕かれるような強烈な衝撃に襲われる。奇跡的に作動した緊急脱出システムによって、ゴローは幼稚な恨み節もろともコックピットから強制的に吐き出された。


 撃墜許可が下りてから数分も経たないうちに煙を上げて地に墜ちた金の残骸。指先一つでこの世の全てを操る人形師がビルの屋上から身を乗り出し、その様子を静かに見下ろした。


「さすがマリ、良い手際だ」


 アストルの背中に身を預けたスピアライトが微笑む。残るは鮮血を撒き散らしながら追いかけて来るワイバーンのみ。残された力を振り絞り、手綱を引く。屋上に戻らなければ。きっとそろそろ、が整った頃だろうから。


 高層ビルの窓ガラスの上を、蹄鉄が光の速さで駆け抜ける。それを追ってワイバーンも垂直に上昇した。嵐に似た風圧を浴びた窓が割れ、地上へ散っていく。まるで神々のかめからこぼれた星のように。


 死に物狂いの猛追を見せるワイバーンは、内燃器官から迸る獄炎を牙の隙間から溢れさせた。遮るものがない無防備な背中を焼き尽くそうと大きく息を吸いんだ辺りで、空が拓ける。屋上まで昇り切ったのだ。


「御膳立てはしてやったぞ。――あとは任せたからな、二人とも」

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