炉を燃やせ(4)

 後先考えない傲慢な指先が、躊躇ちゅうちょなく引き金を引いた。火属性魔法を組み込んだリアクターから転換される無尽蔵の過活動エネルギーが放出され、増幅された光が砲身から直線状に放たれる。凄まじい熱源が一瞬で夜空を照らした。

 だが……狙いすました照準が抉り取ったのはワイバーンの頭ではなく、隣のビルの屋上看板。自動制御のバットがシールドを展開させたが、それをいとも簡単に焼き切った熱線は看板を突き抜け、シティの空を貫く。


「なん、だと……!?」


 見事に外して愕然とするゴロー。通信機からは『だから最終調整終わってないって言ってるでしょうが!!』と悲痛な叫びが届く。

 その光景を間近で見ていたSCSも、ゴールデンナンバーズ社の雇われアーティファクターたちと同じように青ざめていた。


「街中でビーム兵器使うとか、嘘でしょ……」

「しかもノーコンとか、終わってやがる……」


 開いた口が塞がらないミラージュとスネークは、破壊の光線が消散するのを呆然と眺める。ただでさえ状況は逼迫しているというのに、これではワイバーンに加えて災厄がもう一体出現したようなものじゃないか。

 口端をギリッと噛み締めたミラージュは、頭に血が上って闇雲にレーザーを撃ちまくる黄金色の巨大アーティファクトを睨みつけた。試験運用時は自動照準システムに全てを丸投げしていたので、射撃精度などあったものじゃない。ヤケクソになった灼熱の光線は標的であるはずのワイバーンを綺麗に避けて、関係のない街並みを破壊していく。


「スネーク、パラソルありったけ上げて」

「え? お、おう!」


 ミラージュに言われるがまま、スネークは肩から下げていたブラックレザーのボストンバッグを開き、頭から突っ込んだ。

 中古屋で買ったハイブランドバッグと空間操作魔法を組み合わせた中身は、スネークの実家の倉庫と繋がっている。収納力無限大とはいかないが、それなりに便利な『なんちゃってマジックバッグ』である。実家の母親からは「いい加減片付けなさい!」と毎回怒られているが。

 散らかった倉庫内からスネークが引っ張り出したのは、カラフルな小型のパラソル。四六時中シティを飛び回るバットから着想を得た浮遊タイプの増幅器ブースターだ。魔法に干渉する特殊な電波を流して、効力や範囲を増幅させる。それを空へ十台ほど飛ばした。


「ワイバーンだけでも厄介なのに、もう……!」


 ミラージュはパラソルの電波とシンクロするための発信機を耳にかけ、先ほど炉走ロッソの真下に展開させた守護方陣プロテクションを発動した。

 ブースターを通して増幅された魔法陣がビル一帯をドーム状に包み込む。鉄壁の守りで囲めば、それは堅牢な檻となる。

 これでワイバーンの移動と攻撃範囲が狭まった。あのノーコン野郎が放つレーザービームの被害も最小限に抑えられるだろう。


「よくやった、ミラ。あとは任せてくれ」


 安物のヘルメットを脱ぎ捨てて一歩前に出たスピアライトが、耳元で揺れていた銀のティアーズイヤリングを指で弾く。キィン、と澄んだ音と共に光が溢れ、彼女の手元に大槍が現れた。銀色の三日月を一直線に突き刺したような十字の矛先を、憎々し気に牙を戦慄かせる飛竜へ真っ直ぐ向ける。


「マホロ、ガルガ。くらいは稼いでやる。なるべく急いでくれよ」


 そう言って一歩踏み出せば、瞬きの間で距離を詰めて突出する。まるで彼女自身が銀風を吹き荒らす剛槍となったかのように。


 開かれた戦端を前に、マホロの隣に立ったガルガは無言で片膝をついた。「やるんだろ?」とでも言いたげに、銀の眼光が主君を見上げる。言葉を交わさなくともお互いの考えていることが伝わる。自分たちは、なのだから。




 ところで、ハイウェイを爆走するベアードとビクターはと言うと……。


「あっちぃぃいい! ガソリンと一緒にぼくのソウルも燃焼してやがる! FoOOOoOOO!!」

「リアルに燃えてんだよバカ!! 止まれっつーの!! 死ぬぞ!?」

「何言ってんスかベアード先輩! ドライバーが死ぬときはエンジンが止まる時!! こいつはまだやれるってメラメラに伝わってきます!」


 ザ・火の車と化した装甲車が炎と黒煙を上げて登頂を果たした。なのにビクターはドリフト走行で折り返し、下りコースへ向かおうとしている。


(完全に目的を見失ってやがる!)


 遠ざかるワイバーン、一酸化炭素中毒死寸前の車内。

 追いつめられたこの状況で、ベアードに残された一番太い堪忍袋の緒がついにはち切れた。


「止まれって言ってんだろうが、ビクター!!」


 ぶん殴ってでも止める。そう決意して拳を振り上げた次の瞬間、ブレーキが思いきり踏み込まれた。車体後方が浮き上がるほどの制動力に、ダッシュボードへ衝突しそうだった身体をシートベルトが引き留める。

 ボンネットは燃え、車内もぐちゃぐちゃ。装甲は大破してタイヤも使い物にならないだろう。酷い有り様だったが、どうにか止まった。


 それまでの暴走が嘘のようにおとなしくハンドルを握ったままうつむくビクター。燃え盛る車からすぐにでも脱出しなければならないのに、どこか当たりの悪いところでも打ったのだろうか。まったく世話の焼ける。ベアードは苛立ちながら華奢な肩を掴んだ。


「おい、さっさと降り――」

「――めて、……ター、って……」

「あ?」


 聞き取れない声で何かをうわごとのように囁いたビクターは、急に電源が入った自動人形のようにギュインッとベアードを見た。耳まで真っ赤に染めて、炎とは違う妙な熱を帯びた大きなルビーレッドアイ。ビクターの周りにキラキラエフェクトが浮かんで見える。


「ベアード先輩に、初めて名前で呼んでもらえましたぁ……!」

「……は?」


 腹の底から沸き上がった全力の「は?」。それ以外何と言えばいいのか。

 尊敬、羨望、憧憬――身に覚えのない感情をこれでもかと無遠慮にぶつけてくる新入りに、ベアードの調子は狂わされっぱなしだ。わけがわからん、おもしろくない。そんな苛立ちを長く逞しい足に込める。

 この窮地でも緊張感のないビクターの横腹を全力で蹴飛ばし、運転席の燃えるドアごと外へ叩き出したのだった。

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