炉を燃やせ(3)

「汝を守る堅牢な帳となれ――……まったく、本来はこういう使い道じゃないんだけどね。――守護方陣プロテクション!」


 炉走ロッソの真下に展開された、物理攻撃をも防ぐ最上位の防御魔法。白光に煌めく魔方陣の上をタイヤが走り、どうにか目的地の屋上へ降り立つ。勢いそのままにワイバーンの足の間を駆け抜ける間、ふわりと後部座席を離れたガルガが気を失った女を確保した。

 ブレーキの摩擦熱で煙を上げながら、炉走ロッソは屋上の端で勢いよく止まる。そこへ合流したガルガと二人で空を翔ける駿馬の影を見つけ、ほっと力を抜いたのだった。


「ミラージュ、ありが――」

「こンのおバカーーッ! バイクで空飛ぶなんて命知らずにもほどがあるでしょうが! 何でもかんでも二人だけで突っ走るんじゃないわよ! 少しはあたしたちを頼りなさい!!」


 礼を言おうとしたマホロを遮り、ペガサスの荷車から身を乗り出したミラージュから怒涛の叱責を降り注ぐ。

「そーだそーだ」と同調するマリオネット。「減給しちまえ!」なんて無責任なことを言うスネーク。アストルの手綱を引きながら「抜け駆けしようとするからだ」と頼もしく微笑むスピアライト。

 耳が痛いが、同時にどうしようもないほどの幸せを感じる。いつもそばにいる見慣れた仲間たちの姿に安心したからだろうか。マホロとガルガは自然と口元を緩ませた。


「ふふっ。みんなごめんね、ありがと」

「助かった、サンキュ」

「わかればよし! ――きゃあっ!?」


 わだかまりのない笑顔でミラージュが力強く親指を突き立てる。が、荷車はすぐに急上昇した。ワイバーンの翼刃が迫っていたのだ。

 アストルが大きく飛翔してそれを避けると、スピアライトは旋回してから屋上へ寄せて全員を降ろした。空いた荷車には保護した女性を移動させる。


「アストル、保安局に彼女を届けてすぐ戻って来い。五分で戻らなければお前との友情もそれまでだ」

「ヒィイイインッ!」


 友情を失えばもっと手酷い関係性が待っている。震え上がったアストルは涙と鼻水を吹き溢しながら全速力で地上を目指した。

 ワイバーンは縦長の瞳孔を見開き、天馬を追いかけようと翼を広げた。殺したいほど憎い女を乗せた荷車が遠ざかっていくのを見過ごせるものか。


「いかせない」


 囁いたのはマリオネットだ。闇に紛れるような漆黒の指先を鉤爪のように曲げれば、今にも飛び立とうとした翼がぎこちなく畳まれていく。

 パペット族の糸は命があろうとなかろうと、あらゆるものを自在に操る。ドラゴンでさえ抗えるものではない。百年戦争で魔族の軍勢についた際はその糸で最強の竜種たちを操り、自滅へ追い込んだ。敵の強さはそのままパペット族の強さになる。そのあまりの無法っぷりに、シティでは生体への操術が禁じられている。コンディションコード:クライシス以上の有事を除いて。


「マリ、そのまま抑え込めるか?」

「いと、かかりにくい。いしき、ない、どこにも」


 スピアライトの問いに返答するマリオネットの声には、わずかな焦りが滲んでいた。

 生物を糸で操る場合、正常な精神状態があってこそマインドコントロールが適正に作用する。自我を失っている状態では、糸が上手くかからないのだ。

 突如ワイバーンへ変身した男の意識は霧のように希薄で、完全に抑え込むことはできない。このままでは糸が切れて飛び立ってしまう。


 手をこまねく中、ヘルメットを脱ぎ捨てたガルガの過敏な耳が、遠くから迫るエンジン音を捉えた。音がする方へ目を凝らせば、セントラルタワーの裏手から一機の機影がバーニアを全開にして迫って来る。よく見る飛空艇ではない。


「何だありゃあ……」


 スネークも気づいたらしく、サングラスのブリッジについたつまみを調整して望遠モードに切り替える。


 迫り来るは、黄金の巨大な人型。騎士がまとうペリースのような赤い布を片方の肩からはためかせ、音速で距離を詰めた。


『ハーッハッハッハッ! これぞ新生ゴールデンナンバーズの秘めたる新兵器! 時代を切り拓くリーサルウェポン! 我が社が誇る天才アーティファクターたちの技術の粋を集めた有人操縦式人型アーティファクト、【オートナイト】だ!!』


 スピーカーを通して街中へ声高らかに言い放つのは、カノウ・ゴロー。

 下ろし立てのコックピットで操縦桿を握り、気分は絶好調だ。ようやくこの新兵器を世間にお披露目できたのだから。しかも差し合わせたようにワイバーンという最高の獲物が現れた。まるで狩ってくれと言わんばかりじゃないか。

 都合の良い部分にしか思考回路が繋がっていないゴローには、絶え間なく通信で呼びかけるメカニックたちの声は届かない。


『ゴロー様、至急お戻りください! オートナイトはロールアウト前なんですよ!? しかもまだ保安局から運用許可が下りていません! カノウ会長が何とおっしゃるか――』

?」


 最高に良い気分だったのに、最後の一言で完全に水を差された。額に青筋を浮かべたゴローは外部出力のスピーカーをオフにすると、コックピットのセカンドモニターに表示された青い顔のメカニックたちを恨めし気に睨みつける。


「現社長はこの私だぞ!? どいつもこいつも、いつまでも会長、会長、会長って、やかましいんだよ! 最高決定権は私にある! 黙って機体制御に集中しろ!」

『だからその最終調整がまだ不完全だって言ってるんですよ! しかもパイロットスーツすら着用してないじゃないですか! 危険ですから、どうかお戻りください!』

「くだらん! ドラゴンスレイヤーの称号を前に退けるものか!」


 圧倒的な名声を誇る前社長の影に隠れた半人前。自分を評する周囲の声にだけはやたら敏感なゴローにとって、祖父であるカノウ・ヒフミの名はもはや忌むべきものでさえあった。それこそ竜殺しの二つ名でも手にしない限り、自らの手で栄光を手にすることなどできはしない。大事を成し遂げるために作らせたオートナイトをここで使わずして、いつ炉に火をくべると言うのだ。


「誘導放出光線砲を使う! リアクター解放! 自動照準システムスタンバイ!」

『正気かバカ社長!?』


 メカニックの一人が素っ頓狂な声でありえない暴言を吐いた。帰投したら絶対にクビにしてやる。孤軍奮闘の気持ちでさらに意固地になったゴローは慌てふためく通信を完全に無視すると、機体の腰に装着していた誘導放出光線砲を構えた。

 照準モニターを引き寄せて十字のレティクルをワイバーンの頭にセットすれば、あとは自動照準システムが勝手に合わせてくれる。自分はただ操縦桿に取り付けられた引き金を引けば良いだけだ。


「新時代の幕開けだ。――くたばれ、害獣!」






◇◆-------------------------------------------------◆◇



<用語解説>


【オートナイト】

 カノウ・ゴローの指揮の下、ゴールデンナンバーズ社が秘密裏に開発していた有人操縦式人型アーティファクト。ATF協会から有能なアーティファクターを根こそぎ招集して開発に従事させているが、それでもまだ完成には至っていない。

 出撃した黄金機はゴロー専用機体。カラーリング代だけでもう一機生産できる。

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