炉を燃やせ(2)
一方、先頭を走る
「なぁマホロ、さっきはクマ公相手にああ言ったが、もしかして頂上から飛ぶつもりじゃないよな?」
「怖いなら途中で降ろそうか?」
「やっぱりかよ!! お前、相手がデカいからって距離感バグってないか!? どう考えても届かねぇだろ!!」
「も~、ガルガうるさい、舌噛むってば」
「うるさいって何だ――……うぉぉぉおおおおッ!?」
小言を吐き捨てかけたところで、頭上の風避けガラスを突き破って溶岩が落ちて来た。
熱で溶けた
さすがに後続のクニミは立ち往生するかと思いきや、ビクターの運転する車だけは溶岩の上を駆け抜け、火炎の中を突っ切って来た。
「ヒャーーーーッハーーーーーーーーーァ!! 熱いっスねぇベアード先輩!!!」
(もう二度とこいつに運転させねぇ……)
炎をまとう車の助手席で後悔しても、もう遅い。
車間距離と速度を保ったまま、二車は徐々に天辺へ近づいて行く。高度が上がるにつれて、マホロの腰へ回した手に力が入った。
「マホロ、わかった。一旦止まって話し合おうぜ、な?」
「ここまで来て怖気づいちゃったの? 往生際が悪いって」
「だぁぁああッもう! お前の分までビビるのが俺の役目だって知ってんだろ!?」
「うん。ガルガに全力で心配されるの、すごく心地いいんだ。生きてるって感じる」
フルフェイスマスクの下で、マホロの唇がゆるい弧を描く。
それはいくら何でも歪みすぎじゃないだろうか――他人が聞けばそう思うのだが、ガルガは違った。尻尾が大きく揺れるのは風のせいだけではない。
自分自身の命を最も軽んじる怖いもの知らずをこの世界に繋ぎ止めているのが自分だと思うと、激烈に嬉しかった。些細な歪みなどどうでもよく思える。だからふと、あの店で明かされた爆弾事件の真相が頭に浮かんだ。
「もしかしてお前、俺に心配されたくて爆弾のこと黙ってたのか?」
「え、気づくの遅くない?」
「わかるかっ! 俺のこと大好きかよ!?」
「あははっ! いまさら~?」
――このお
大爆笑するスネークを真っ赤な顔で殴っていたガルガを思い浮かべ、マホロは人知れず笑みを深めた。
マホロのパクトにも例の音声データがちゃっかりダウンロードされている。二度寝する前に聴いていたお気に入りのヒーリングナンバーの正体についてはもう少し黙っておこう。それに……。
――解除者の深層心理に反応して色を変えるアーティファクトのトラップが仕込まれた新型爆弾だってことは一目でわかってたよ。幸福な記憶と辛かったり悲しかったりした記憶を色として抽出して、幸せな色の方を切ると爆発する。
(
フィールドワークに出かけた父がタオルに包んで連れ帰った、小さな紺色のオオカミ。
何もかもを奪われ壊されたあの日に見た、血生臭い赤。
どちらを切るかなんて論外だ。目覚めた病室で、父の墓の前で、自暴自棄になった血溜まりの中で。拭い去れない恐怖に支配されていた時、献身的に寄り添ってくれた、たった一匹の家族。マホロに残された唯一の宝に、刃など立てられるものか。
一方で、間接的に「大好き」と言われたガルガの口元がどうしようもなく波打つ。
――嬉しい、嬉しい、嬉しい! 今すぐ背骨がバキバキに折れるくらい羽交い絞めにして抱きしめたい!
ストレートに与えられた愛情が、忠犬もドン引きなオオカミの忠誠心をでろでろに溶かしていく。風に煽られる尻尾がプロペラのようにビュンビュン回った。ミラージュがいたら「チョロすぎ!」と怒られるところだが、今はマホロと二人きり。しかもあと少しでシティの空へバイクで飛び出そうと言うのだ。ハイにならないとやっていられない。
チョロいガルガは覚悟を決め、回した腕に力を込めた。
「あーもう仕方ねえな、好きにしやがれ!」
「そうこなくっちゃ!」
二人の気持ちが一つになり、
高層ビルの屋上で羽休めするワイバーンの顔前を、赤い光線を描いて駆け抜ける。大きく急カーブした先で、下りの折り返し地点でもある頂上へさしかかった。トップギアを固定したままアクセルを回し続ける。狙いをカーブするガードレールに定め、左右に展開していたシールドを前面へ集中させた。
「ガルガ、振り落とされないでね」
「おう、死んでも離さねぇからな!」
「え~、何か照れるなぁ」
そんな緊張感のない会話をしたまま、シールドでガードレールと風避けガラスを突き破った二人は、勢いよく宙へ飛び出した。
「う、わぁ、わ……!」
「あっはははは! 何これ、すご!!」
足場のない真下に広がるネオンライトの光を見下ろして尻尾が縮こまるガルガと、ここ数年で最もテンションがぶち上がったマホロ。対照的な顔の二人を乗せた
ガルガはようやく涙目になって「もう絶対にマホロの無茶には付き合わない」と叶わぬ決意をし、腹の底から絶叫した。
「あああああああもう最っ悪だぁああああああああ!!!」
よく通る叫び声が聞こえたのか、ワイバーンの長い首がぐるりと曲がり、がっつり目が合った。「「あ」」と二人の間抜けな声が重なる。吸い込まれそうな鼻の孔が大きく開いて、喉の器官が空気でぐっと膨らんだ。前輪は着地点の屋上を確実に捕えているが、嫌な予感しかしない。
冷や汗をかく間もなく、鼓膜が破れそうな雄叫びと共に突風のブレスが解き放たれた。
「ッ!」
「どわぁあああああああああ!?」
下から吹き上げる強烈な向かい風。ハンググライダーなら神風に違いないが、こちらは風を受ける羽のないバイクだ。風圧につかまり前進できず、着地点が大幅に遠のく。
数百メートル下のコンクリートに叩き落ちる最悪のシナリオを思い描き、ガルガはきつく目を閉じた。だが、アクセルを回してエンジンを吹かす音で再び視界が開ける。
「まだだよ」
マホロの声がやけにクリアに聞こえる。いつもと変わらない穏やかな声が。
彼はまだ、何も諦めていない。手放しそうになっていた意識をどうにか繋ぎ止め、無茶ばかりする相棒にしがみつく。背後から感じるその力強さに、マホロも勇気づけられていた。
暴風に煽られながら宙を駆けるハンドルで狙いを定める。前輪さえかかれば、きっと。どうか届けと願いながらアクセルを回した。すると――。
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