Act.6 Blaze Out
炉を燃やせ(1)
シティの上空をぐるっと巡るハイウェイは、街中の交通渋滞解消のために作られた高規格幹線道路である。魔法で宙に浮かぶガードレール状の風避けガラスに囲まれた螺旋状の道路は上昇と下降の一方通行で、途中にあるいくつものインターチェンジを下りればシティ各層の主要道路へ行き着くという仕様だ。
いつもは多くの車が走るハイウェイだが、コンディションコードの引き上げに伴う交通規制によって、物々しい雰囲気へと変貌していた。一般車両は道端へ放棄され、運転手たちは路肩の緊急避難用ゲートを使い地上へ降りたようだ。
人気のない異様な道を一刃の赤い風が駆け上がる。放置された車両の隙間を縫いながら、マホロは
「空が赤い……シティじゃないみたいだ」
振り落とされないように小さな背中にしがみつき、ガルガが呆然と呟く。見上げた空は竜の炎に焼かれ、禍々しい赤に染まっていた。ワイバーンは飛び疲れたのか、ハイウェイの内側に建つ高層ビルの屋上で翼膜を広げ、暴風を巻き上げながら咆哮を轟かせている。
すると、ハンドルのホルダーにセットしていたパクトにアメリアから着信が入った。あの後すぐに連絡して、ワイバーンに変身した男の素性を探ってもらっていたのだ。
マイクとスピーカーが搭載されたヘルメットのボタンを操作して、すぐに応答する。
『マホロくん、お待たせしました! ワイバーンが飛び立ったエリアを周回していたバットが、男性の住民カードをスキャンしていたみたいです。データ送ります!』
ロスタイムなく受信した情報が、フルフェイスヘルメットのシールド内に表示された。
シティの住民は戸籍を登録する際に必ず住民カードの発行と携帯が義務付けられる。仕事や観光などの非居住目的の場合でも、滞在中は都庁が発行する許可証が必要だ。カードと許可証には名前や生年月日、種族などの個人情報を暗号化したIDが付与されている。犯罪抑止のため、このカードがないと入れない建物は多い。バットとID管理による監視社会の窮屈さは否めないが、その恩恵でこうしてすぐに情報を得ることができた。
「どうだ、マホロ?」
「……やっぱり普通のヒューマだね。仮にワイバーンが何かしらの方法でヒューマに擬態していたんだとしても、天族たちの種族判定検査を潜り抜けることは不可能だし」
判定官である天使やカンヘルたちはデータではなく本質を見抜く。それは肉体の内側を見るレントゲン検査のようなもので、取り繕った嘘や擬態は意味をなさない。
このことから断定されたのは、ヒューマがワイバーン化したという信じ難い現実だった。
『ガルガさんが目撃した赤い包み紙のキャンディについても保安局のデータベースで確認しましたが、押収されたドラッグの中に該当するものはありませんでした。類似する事件がなかったかも含めて、引き続き調査を進めます!』
「ありがとう、アメリア。何か新しいことがわかったらまた連絡ちょうだい」
『もちろんです。お二人も、どうかお気をつけて』
通信が終わり、二人の視線は自然とワイバーンへ向かった。
「ヒューマをワイバーンに変えるキャンディ……そんなものが本当に実在すると思うか?」
「さぁ、僕も聞いたことがない。でも状況証拠はそう言ってる」
マホロの脳内犯罪データベースにも、そんな夢物語みたいなキャンディの存在は記されていない。
だがもし、誰も預かり知らぬところでそんなものが作られ、悪用され始めたのだとしたら。シティのパワーバランスは一気に崩壊し、街は再び混沌と暴虐に支配されるだろう。何せシティの人口千五百万人のうち、半分はヒューマなのだから。
「わかんねーことばかりだな。あいつの変身を解いて話を聞くしかないか。殺したら何も情報が掴めなくなる」
「うん。それに、まずはあの女の人を助けなくちゃ。もう報復は十分受けたでしょ」
言われて、ガルガはマホロの上着のポケットから双眼鏡を取り出す。それでワイバーンの足元を見れば、泡を吹きながら白目をむいて倒れている女の姿が確認できた。鉤爪や竜鱗に擦れて衣服や髪、化粧もボロボロだが、辛うじて生きている。悪運が強いと言うべきか。
「っつーことは、ワイバーンのお膝元まで行かなきゃだな」
「うん。だからハイウェイの頂上に向かってる」
「……うん?」
「だから」の意味がわからなくて、ガルガは思わず首をかしげた。ハイウェイを上り切ったあたりは、ちょうどワイバーンが羽休めしているビルにほど近い。
だから、何なんだ。嫌な予感が背筋を駆け巡る。
「なぁマホロ、お前もしかして……」
「おしゃべりしてると舌噛むよ。――ふふっ、あいつらも同じこと考えてるみたいだね」
「あいつら……?」
サイドミラーをちらりと確認する仕草をしたので、ガルガも背後を振り返ってみた。
ヘルメットと風のせいで今まで気づかなかったが、排気量の暴力のようなエンジン音を吹かす黒塗りの大型装甲車が連なって迫っていた。ボンネットにこれ見よがしに描かれたモノアイのロゴを見れば、素性はすぐわかる。
「クニミ警備保障か」
「ちんたら走ってる前方の所属不明単車、道を開けろォ!」
「しかもあの時のおっかないクマさんだ」
先頭車両の助手席から拡張器を片手に怒鳴るのは、保安局で一悶着あったベアードである。ハンドルを握るのは新人のビクターだ。
マホロは速度を緩めて並走し、フェイスガードを上げた。
「やっぱり来るのが遅いんじゃない?」
「クソガキども!? ッ、邪魔だ、どきやがれ! 死にてぇのか!?」
「だから言っただろ、現行犯は早い者勝ちだって」
「それじゃ、僕らは先に行くね」
「ハァ!? オイ、お前ら!!」
ベアードの怒声を無視して足元のギアを操作する。
耐久度の高い希少鉱石由来の部品を組み込んだオーダーメイドエンジン、そして動力となる魔鉱石は二人のエルフが三日三晩魔力を注いだ特注品。
エンジン内のピストンが激しく上下し、両側のマフラーから放たれる音が熱を持つ。トップギアに切り替えた次の瞬間、熱風と一体化した炉走はベアードたちを大きく引き離し、ハイウェイの上り坂を一気に駆け上がった。
左右に展開した防御シールドから火花を散らして、障害物のように連なる車両の間を走り抜けるチートバイク。遠ざかる赤い背中に、ベアードは古傷が走る眉間をキッと吊り上げた。
「クソが! オイ新入り、死んでも離されんじゃねぇぞ!」
隣でハンドルを握るビクターへ、苛立ちをそのままぶつけたような指示を投げつける。すると……。
「ハァハァ……い、いいんですね……?」
「あ?」
「ぼ、ぼく、ハンドル握ると性格変わるってよく言われるんですけど、い、いいんですね……?」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇよ、今大事なのは、あの命知らずなバカ共よりも先にクソッタレワイバーンを確保することだろうが!」
「……わかりました――よッ!!!」
「ッ!?!?」
車体が横転しそうなほど急激にハンドルを切ったビクターは、邪魔な放置車両を体当たりで蹴散らし、爆走し始めた。血走った目で舌なめずりしながらペダルを踏み込む様子は、まるで狂犬だ。
「ヒャッハァアアアアアアア! 血が滾るぜぇぇええええええ!!」
普段のふんわりうるきゅる子犬系男子のあまりの豹変ぶりに、ベアードは思わずシートベルトを握りしめたのだった。
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