破滅のキャンディ(5)
『なお、本件は過去に前例のない未曽有の事態である。よって、鎮圧報酬に上限は設けない。星の輝きの下、命をもってして食い止めよ』
「報酬に、上限、なし……!?」
この指示で金の亡者の目の色が変わったのは言うまでもない。ミラージュは詠唱もなしに仲間へ状態異常を打ち消す高度な治癒魔法を同時に施した。体内のアルコールが抜け、それまでの酔いが一瞬で消し飛ぶ。
「みんな聞いたわね。ワイバーン退治、やってやろうじゃない! 保安局に預けた契約金に利子付けて搾り取ってやる!」
「えい、えい、おー!」
「やれやれ。これが一ツ星になってからの初仕事というわけか」
「おいおいおいおい、さすがに冗談だろ? せめてクニミとゴールデンナンバーズのサポートくらいだよな……?」
及び腰になっているスネークを睨みつけるミラージュは金の瞳にルピマークを描き、ごうごうと飛竜の業火に負けない炎を迸らせた。
「ワイバーンと最初に接触したのは
「義理っつーか適材適所ってやつだ! 冷静になれって!」
間もなく三ツ星のクニミ警備保障かゴールデンナンバーズがワイバーン退治に現れるだろう。彼らにはSCSにない軍団と武器弾薬が豊富に揃っている。保安局はアポカリプスを発令した手前オフィシャルシティガードに鎮圧を命じたが、本命はこの二社に決まっている。一ツ星になったばかりの新参企業が戦果を残せなくても評価が下がることはない。命を犠牲にすることなく上手く立ち回ることだってできるはずだ。だが、ミラージュはそれを良しとしなかった。
「イヤよ」
「お前なぁ、俺様だってそこまで金にがめつくねぇぞ!?」
「お金もあるけど、それだけじゃないわ」
空を滑空する飛影を睨み上げたシティ育ちのエルフの目には、別の怒りがわき上がっていた。
「あんな最低クズ女のせいでシティがめちゃくちゃになるんて、あたし許せないの」
「ミラージュ、お前……」
「だいたい、あの不潔整形女に彼氏がホイホイできるのに、あたしみたいな善良でお淑やかで穢れ知らずな美女エルフがずっと独り身なのがまずおかしくない!? 世の不条理よ! 五体満足で助け出して徹底的にとっちめてやるんだから!」
「うん……う、う~~~ん……?」
一瞬納得しかけたスネークが盛大に首をかしげる。やっぱりこのエルフ、頭の歯車を二、三か所掛け違えているのでは。怪訝な顔を崩さないスネークの手を引いたミラージュは「それに」と続ける。
「年少組はいつも無茶ばっかりするんだから、大人のあたしたちがサポートしてあげなくちゃ」
「……そりゃそうだ」
いの一番にバイクで飛び出して行った二人を思い浮かべれば、自然と心が納得できた。やっと腹を括ったスネークに、アリゲーターとゲッコーも顔を見合わせて肩をすくめる。
「親父、ゲッコー、頭の上に気を付けろよ。溶岩に当たるんじゃねーぞ」
「わかっとる。ワシらはかーちゃんとばーちゃんを連れてさっさと逃げるわい。お前こそ、くれぐれも皆さんの迷惑にならんようにな」
「にーちゃん、マホロさんの足ひっぱんなよ!」
「他に言うことねぇのか!?」
愉快なリザードマン親子がレッカー車で去るのを見送り、SCSの面々は改めて頭上を見上げた。
炎で赤く染まった空を切り裂くような甲高い咆哮。街には絶えずアラートと避難誘導が響き渡る。
「こちらも空から行こうか」
そう言って、スピアライトが指笛を奏でる。澄んだ音色は風に乗って空高くまで舞い上がり、やがて流星が一つ、空中塵を突っ切って落ちて来た。いや、冗談抜きで。
流星の正体はスピアライトの舎弟……ではなく、かつてスピアライトに大変お世話になって頭が上がらない純白のペガサスである。名をアストルと言う。普段はペガサス座の尻尾の部分として空を彩っているが、あの指笛を聞いたら一瞬で舞い降りなければならないと、身体のすみずみにまで躾……じゃなくて、盟約が行き届いている。
「アストル、いつもより五秒遅かったじゃないか。何か用事でもあったのか?」
「ヒィィイイン!」
歯茎むき出しの涙目で必死に首を横に振るペガサスとは。大きな白翼をはためかせるアストルに威厳など微塵も感じないが、いつものことだ。魔法装具の鞍と荷車を指を鳴らして発現させると、スピアライトは軽やかに騎乗した。他のメンバーは荷車に乗り込みいざ出発――というところで、ミラージュがあることに気がつく。
「スピアお姉様、ノーヘル飛行はシティ交通法違反よ! はいこれ!」
「う……ミラがそう言うなら……」
どこから取り出したのか、渡されたゴーグル付きのバイク用半帽ヘルメットを渋々受け取った。生粋のエルフの戦士とどこか頼りないペガサスに、市販品の安物ヘルメット。何もかもがごちゃ混ぜなシティそのものを表したような出で立ちで、SCSは赤く染まった空へ駆け出した。
❖
「あああ、素晴らしい……!」
日頃から夜に支配されたシティの中でも一点の光も差し込まないような暗がりの室内に、恍惚とした声が蕩け出す。オフィスチェアの上で膝を抱えた青年を照らすのは、モニターから漏れる光だけ。メガネのレンズが光に反射してその表情までは伺い知ることができない。アラートと街が壊れる轟音を遠くに聞きながら、バットから傍受したワイバーンの映像に舌なめずりをした。
「憎悪と血種が上手く結びついて生体変化を
金に困っている頭の弱そうなヒューマだと一目でわかった。弟の手術のために金を貸してほしいなんてベタな手口を真に受けてしまうのだから。だが青年にとっては都合が良かった。偶然を装って近づいて、割の良い仕事があると誘ったらすぐに食いついてくれた。毎日決まった時間にキャンディを食べるだけの、簡単な試験モニターのお仕事。希望する金額を現金一括で用意してやったら即快諾だった。その実験結果があのワイバーンというわけだ。
「全ての生物の祖種であるヒューマの持つ可能性がまた一つ広がった! やっぱり僕らは何にでもなれるんだ! くふっ、ぐふふふふふっ♡ ……あぁ、でも……」
我を忘れて火を吹く飛竜に、もはやヒューマだった頃の理性は欠片も感じられない。それに身体が変容したからといって、竜種特有の無尽蔵なエネルギーを補いきれるはずはない。このまま命を擦り減らして、最後は打ち上げた盛大な花火が儚く消えるように燃え尽きるだろう。まぁ、青年には関係のないことだが。
「せっかく翼が生えたんだ。この不自由な街で傲慢な自由を謳歌して、そして死ぬといい。あはっ、あっははははははははは!!」
歪んだ口元が弧を描く。青年は眼鏡を外して目元を押さえると、涙が滲むほど豪快な高笑いを響かせた。
光が届かない欝蒼とした暗闇の中で、悪の芽は着々と育っている。
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