破滅のキャンディ(4)

「あ、あのぅ……」


 手をこまねく二人の前に、聞き覚えのある幼い声が届く。見ると、まだ幼体のリザードマンが道端でカチコチになって立ち尽くしていた。その隣には同じように口をあんぐりと開けて固まった父親の姿もある。二人とも柄シャツにハーフパンツという、どこかで見たことのあるスネークスタイルだ。


「に、にーちゃんのおむかえのついでに炉走ロッソを届けにきたんだけど……わ、ワイバーンが、飛んでったような……」

「わ、ワシは夢でも見とるのか? シティに飛竜などありえん……」


 二人のそばでハザードを点けて道端に停まっているのは、走行距離五十万キロ越えのオンボロレッカー車。ボディサイドには剥がれかけの『リペアリザード』のステッカーが貼られている。スネークの実家は昔ながらの街の修理屋で、父親は炉走ロッソの専属メカニックなのだ。レールが降ろされた荷台には、赤の煌きを放つ愛車の姿が。待ち焦がれた帰還に、マホロとガルガは道が照らされたような心地だった。


「ゲッコー、それに親父さん! ナイスタイミングだ!」

「請求書はあとで必ず取りに行くから」

「えっ、ええっ!?」


 立ち竦むリザードマン親子の脇をすり抜け、二人は身軽に荷台へ飛び乗る。ハンドルを握ったのは小柄なマホロ。ガルガは当然のように長い足で後部座席を跨いだ。シルエット的にどう見ても逆なのだが、それを指摘するのは野暮というもの。

 差し込んだキーを回せば、両側に魔法石を積んだタンクが熱を帯び、豪快なエンジン音を奏でる。客と女将の避難を終えて半壊の店から出て来たミラージュたちも、その音に気がついた。


「二人とも、まさか追うつもり!?」

「ハイウェイから行く。あのワイバーン、何か妙だよ」

「後のことは頼んだぞ!」


 相手は亜種とはいえ最強種族ドラゴンの系統だ。いくら何でも無謀すぎる。だがヘルメットを装着した二人を止められる術などない。ミラージュは諦めてゴーサインを出すしかなかった。


 マホロは足元のペダルを操作して、リミッターを解除する。発進からスロットル全開。道路交通法ギリギリの出力で発進したチートバイクは轟音を噴き上げ、赤い風となってシティを駆け抜けた。


「はわ~~~ッ! マホロさん、カッケェ~~~~!」


 スネークの年の離れた弟、ゲッコーが目を輝かせる。自身もボロボロになりながら大破したバイクを頻繁に修理に持ち込んでくるヒューマの少年が、彼には何度でも立ち上がるスーパーヒーローに見えていた。ヒューマなのにワイバーン相手でも臆せず立ち向かう恐れ知らずなところも最高にカッコイイ。それに比べて、実の兄ときたら……。


「ワイバーンとか冗談だろォ!? お、俺様は行かねーからな! ンなあぶねー案件、三ツ星にでも投げとけ!」

「にーちゃん、かっこわりぃ……」

「う、うるせぇなゲッコー! にーちゃんは金を賭けるのは好きだが、自分の命だけは賭けねぇって決めてんだ! さっさと逃げようぜ、な!?」


 オフィシャルシティガードになったと鼻高々に連絡してきたくせに、これだ。いつもの「誇り高きドラゴンの眷属」というマインドはどうした。ゲッコーと父のアリゲーターは家族だからこその冷めた目で情けない長男をじっとり見つめる。

 だがスネークがレッカー車の扉を開けてにいそいそと乗り込もうとしたその時。シティ上空を周遊していたワイバーンが、翼膜で高層ビルを切り裂いた。


 飛び散る窓ガラスと鉄骨、響き渡る多くの悲鳴。だが飛竜の暴虐はそれだけでは収まらず、喉奥からせり上がる獄炎を空へ打ち上げる。灼熱の炎に焼かれて溶岩となった空中塵エアダストが街へと降り注ぐ様子は、終焉を想起させた。


「マジかよ……」


 スネークを始め、言葉を失って空を見上げる者たちの頭上へ溶岩が迫る。すると、シティの空に細かな羽音が木霊こだました。街のいたるところで宙吊りになっていたバットが、一斉に飛び立ったのだ。

 バットは数匹で密集すると、各々が防御シールドを展開して飛び散る溶岩を受け止めた。そして不安を煽るようなアラートを爆音で鳴らし、地獄絵図と化した空を舞う。


『――コンディションコード:アポカリプス発令、コンディションコード:アポカリプス発令。仔細不明のワイバーンがシティ上空を飛翔中。都市民は地下シェルターへ至急避難せよ。コンディションコード:アポカリプス、生命の保証はない。直ちに避難を開始せよ』


 バットの拡張スピーカーを通して、保安局のオペレーターからシティ全体に避難勧告が流れる。アポカリプスは通常三段階のリスクレベルを超えた場合にのみ発令される、天災級の非常事態宣言。戦後九十九年のシティの歴史で初めて発令された。


『繰り返すが本件はコンディションコード:アポカリプスである。保安規定に則り、シティガードは避難誘導及び人命救助を優先。オフィシャルシティガードはワイバーンの鎮圧へ向かわれたし』

「なぁにぃ!?」


 バットを通して出された保安局の指示に天を仰いだスネークのキャップには、オフィシャルシティガードの証である真新しい一ツ星のワッペンが輝いている。多額の契約金のように、特権には対価がある。危険な状況で矢面に立つのもその一つ。つまり、やるしかないのだ。

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