Act.5 Poison Sugar

破滅のキャンディ(1)

 その日の夜(と言っても、シティはずっと夜だが)。SCSの面々の姿は、当初の予定通り第二層東区の歓楽街にあった。


「ほんっっっとでかした! さすがうちのエースコンビ!! しかもこんないい店まで知ってるなんて、やるじゃない!!」

「あいてッ!」


 酒でご機嫌になった女社長が功労者の背中を豪快に叩く。マホロは飲んでいた果汁ゼロパーセントのオレンジジュースを吹き出しそうになった。激戦で大地が死んだシティでは作物が育たない。味はほとんど人工物だ。だが美味しい料理と飲み物を囲みながら楽しそうに笑い合っているメンバーを見れば、マホロも悪い気分じゃなかった。


 そこへ女性が新しい料理を運んで来る。もちろん刺激的な格好をしたサキュバスのしっぽ亭のキャスト――ではなく。


「二人には本当にお世話になったの。だからこうして食べに来てくれて本当に嬉しいわ。しかもお仲間まで連れて来てくれるなんて!」


 今朝マホロとガルガが助けた小人族の女性が、楽しそうに飲み食いするシティガードたちを見て満面の笑みを浮かべた。

 運営資金のほぼ全てを契約保証金に充てたため、SCSは一文無しも同然。歓楽街のドンであるサキュバスのしっぽ亭に行っても、せいぜいボトル一本しか開けられないだろう。それでも後悔はしていないが、星付きの門出を経費でパーッとお祝いすることが叶わなぬ夢と消えたのは普通にショックだった。そこでマホロは、今朝この女性からかけられた言葉を思い出したのだ。


「おばさん、お言葉に甘えまくっちゃってごめんね」

「いいのいいの! だってオフィシャルシティガードになれた記念日なんでしょ? すごいじゃない、本当におめでとう!」

「……うん、ありがとう」


 一ツ星の灯った真新しい腕章に小さな手が重なる。守るべきシティ都市民からの祝福に、ようやくその実感がじんわりと滲み出した。


 鮮やかな赤の回転テーブルに並べられた三段重ねの蒸篭の蓋を開けると、雲のような湯気がぶわりと広がる。熱々なベールの中でたっぷりの肉汁が透けたギョーザやシュウマイが艶を放った。食欲をそそる酒蒸しの甘い匂いもほんのり漂い、全員の目がうっとりと蕩ける。


「ウチで一番人気の点心セットよ。まだまだたくさん食べてね。めいいっぱいサービスしちゃうから!」

「いよぉっ! さすがは三番通りの太っ腹女将!」

「ちょっとやめてよぉ! あたしのお腹が太いのは事実だけど!」


 スネークの賑やかしに快活に返した女性へ、満席の店内からオーダーの声がかかる。「ゆっくりしていってね!」と気さくに振る舞い、駆け足で別のテーブルへ向かった。ガルガもオレンジジュースに口を付けながら、元気そうな後ろ姿を見送る。


「なんだぁ? ガルガまで人工甘味料飲んでんのか? 獣人族はとっくに成人してんだから、たまには付き合えよ」

「あっ、おいスネーク、勝手に注ぐなって!」


 慌てて空いたグラスに瓶ビールを注ごうとする魔の手から奪い取る。ヒューマのマホロは十八歳まで飲酒は禁じられているが、成体になるまでの成長が早い獣人族はその限りではない。にもかかわらず、ガルガは耳と尻尾を立てて「がるるっ」と威嚇した。


「苦手なんだよ、酒。苦いし変な匂いするし、目ぇ回るし……」

「ハァ~、まだまだお子ちゃまだなぁお前も」

「うっせ、酔っ払い」


 悪態を吐きながら湯気の立つシュウマイを一つ、皿に分けた。カラシは付けない。その代わりと言っていいのか、上着の内ポケットから取り出したチューブから、白くこってりとした濃密な液体を絞り出した。シティの家庭ではお馴染みの化学合成調味料、シュガシュガシロップマックススウィートである。正式名称は代替甘味超濃縮液。ティースプーン一杯で高級調味料である砂糖の百倍の糖度を叩き出すとされる極甘シロップだ。安価で長期保存も効くので、どの家庭でもキッチンには必ず常備されている。

 ガルガは大さじ一杯ほどのそれをシュウマイにたっぷり絡ませると、鋭い牙がキラリと光る口へ一思いに放り込んだ。


「ん~~~っ! 美味い! やっぱ味付けはこれに限るな!」

「相変わらずひっどい味覚ね……」

「料理への冒涜だ。女将さんに謝ってこい」


 見ているだけで血糖値が急上昇したミラージュとスピアライトにドン引きされても、生粋の甘党スウィートファングは愛するマイシュガーを片手に次々と料理を平らげる。ちなみにシュガシュガシロップマックススウィートは人工甘味料だが、ゼロカロリーではない。無駄な脂肪がなく引き締まったしなやかなスタイルでいられるのは、ひとえに獣人族の代謝の良さの恩恵だろう。食べたものが全て身体に出る女性陣はこのスウィートファングが少し、いやかなり妬ましい。

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