シティガード(5)


「いくら必要なの? みんなで少しずつ出し合えば何とかなるかもしれないよ」

「ぐすっ……当座預金と貯め込んでたへそくりを差し引いて、さ、三百万ルピ……」


 社員全員で均等割したとして、一人当たり五十万ルピ。マホロとガルガの個人預金にはとりあえず家賃の支払いは何とかなりそうな額しか残っていない。スピアライトは金に執着がないのですぐにボランティア団体へ寄付してしまうし、スネークは飛空艇レースで給料全額をドブに捨てるようなアホで、マリオネットに関しては私生活が未知数。ミラージュに至っては、中身がない会社の金庫と財布が直結していると言って良い状態だ。でなければ社長が築八十年のおんぼろ団地に住むわけがない。


 ――無理だ。


 二人は金策に苦慮して消費者金融に縋りたくなった社長の苦しみを思い知った。


「いたいけな中小企業から多額のお金をむしり取ろうだなんて、サタン局長はやっぱり悪魔よ……!」


 百年戦争で最恐の名を馳せた魔族の王が保安局の長であることは周知の事実である。シティの安全と秩序を守る不相応な椅子に自ら進んで座っていることが不思議でならない。だが契約書に明記された金額を黒い爪でトントンと叩き「現金即納で。一階に貸金業者の無人契約機があるぞ」と言い放ったサタン局長は、正真正銘の悪魔だった。だって借金をしたら返済するために一生懸命働くしかない。シティガードにとって、それは犯罪者を片っ端から捕まえることに繋がる。シティの平和はそうして保たれているのだ。


 現実に打ちひしがれていた三人の元へ、アメリアがタブレットを見ながら近づいて来た。


「あ、あのぅ……その金額なら何とかなりそうですよ」

「「「えっ!?」」」


 ドリフト走行並みの急旋回で三対の血走った目にギョロっと見つめられ、アメリアは若干うろたえながらも手元のタブレットを手渡した。受け取ったミラージュが血眼になって内容に目を通す。それは地下監獄に収監された犯罪者の情報だった。


「連続ひったくり犯のメタモスライム? 何のこと?」

「それって今朝俺たちが捕まえた奴じゃねぇか?」

「ええっ!? あたし、聞いてないけど!」

「ごめん、言いそびれてた」

「それで遅刻しそうになってたのね。もう、それならそうと早く言いなさいよ」


 しれっと報告するマホロに、ミラージュは安物のチークで彩った頬を膨らませた。だが朝のドタバタで報告しそびれていた案件が、今回の救世主にどう成りうるのだろう。


「この犯人は十年間も盗みを繰り返しながら保安局の捜査を掻い潜っていました。余罪も数えきれません。だから公開指名手配されてたんです、


 その一言に、全員がアメリアをはっと見上げた。彼女の背後に後光が差し込み、枯れた大地に花が咲いたように見える。かつて羊は神への生贄とされていたらしいが、今は戦後の新時代。彼女こそ十二の現存神に連なる保安局の女神だ。いくら拝んでも拝み足りない。


「懸賞額は三百五十万ルピ。ガルガさんが銀行で壊した壁の修理代を差し引いて、ちょうど三百万ルピです。こちらを保証金の納入に充ててもよろしいでしょうか、ミラージュさん」

「~~~ッ、女神アメリア万歳! あなたは最高の受付嬢よぉおおおおッ!」

「きゃあっ」


 受付嬢の正装である大振りなリボンタイが誇らしげに揺れるアメリアの胸めがけ、膝立ちになったミラージュが勢いよく抱きついた。突然の事に、丸メガネの奥に浮かぶ満月が見開かれる。光に愛されたような金の髪と自分の浅黒い両手を見比べて、宙を掴んだ。


 アメリアは戦後生まれだが、シティには百年戦争を生き抜いた長命の種族も多く暮らしている。一般窓口を担当していた時、依頼の登録に来た都市民からあからさまな嫌悪をぶつけられたことがあった。メイシープ族は魔族陣営の傘下で、自分たちの羊毛を使い彼らの装備を作っていたから。軽量で保温力と保湿力に優れ、特別な編み方をすれば鋼の刃すら受け止める硬度を誇る防具は仲間の命を守り、その分だけ多くの命を刈り取った。どれだけの時が経とうと消えない悲しみや憎しみは、今なお高層ビルの影に息衝いている。


 だからこそ。涙にまみれた熱い抱擁が、心優しい魔界種メイシープ族の少女にほんのりと明かりを灯した。カーキ色のジャケットの背中に印字された三文字の社名を愛おし気に見つめ、恐る恐る腕を回す。それに呼応するように抱擁が強くなったから、ほっと笑顔を浮かべた。


「ふふっ、今回はマホロくんとガルガさんのお手柄ですよ。それにシティガードのみなさんのあらゆるサポートをするのが私たち受付嬢のお仕事なので。さぁ、さっそく手続きを再開しましょう! まだまだたっくさんご説明しなければならないことがありますから!」


 えぐえぐと子どものように泣きじゃくるミラージュの手を取って、再び受付カウンターへ案内する。シティの平和を共に守る盟友の席へ着いた受付嬢アメリアは、彼女が支えるべき希望の灯火を満面の笑みで迎え入れた。


「それでは改めて。――オフィシャルシティガード一ツ星窓口へようこそ、SCSのみなさん!」

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