シティガード(4)

「ベアード先輩、探しましたよぉ! もう、どうしてぼくのことを置いて行っちゃったんですかぁ!? それにしても保安局ってすっごい広いんですね、迷子になっちゃうところでした!」


 長い羽のような飾り毛がついたしっぽをぶんぶん振って現れたのは、ベアードと同じ紺色の制服を着たドッグ系獣人族の若者。鍛え上げられた肉体で制服がはち切れそうなベアードに対して、彼はまだ線が細く、どちらかと言えば制服に着られている印象だ。事実、彼はクニミ警備保障に入社したばかりの新人である。今日は憧れのベアード先輩による担当職員との顔合わせ保安局見学ツアーということで、前日からとても楽しみにしていたのだ。

 黒と茶色が入り混じったブラックタンの髪に大きな垂れ耳、それに愛らしい瞳。誰にでもしっぽを振って媚びまくる小型犬そのものの新入社員・ビクターにベアードは大きな舌打ちをすると、カノウ会長に軽く会釈してその場を後にした。最後にマホロとガルガを一睨みするのも忘れず。


「あぁっ、待ってください、ベアード先輩~!」

「うるせぇ新入り、その緊張感のない口を閉じてろ! だいたいお前は外でも構わずヘラヘラしやがって。クニミ警備保障の自覚があんのか!?」

「ひゃ~っ! ベアード先輩からの直々の喝、感激です! もっと! もっと叱ってください! 怒ってる顔も最高にイケてます! 写真撮ってもいいですか!?」


 ヘッヘッ、と舌でも垂らしそうなほどデロデロに甘えまくるビクター、たじろぐベアード。嵐のように去って行った二人の背中が見えなくなったところで、アメリアが大きく息を吐き出した。


「カノウ会長、助かりましたぁ……!」


 緊張感が解けてへなへなと受付カウンターにもたれかかったアメリアに、目が隠れるほど皺を深めた老翁が微笑みかける。


「たまたま遊びにきたらアメリア嬢が困っているのが見えてのぅ。老いぼれがつい出しゃばってしまったわい。ああそうだ、迎えに来るように連絡してくれぬか? ここの回廊は老体には堪える」

「もちろんです! 少々お待ちくださいね」


 さぁたんとは、当然サタン局長のことである。アメリアは手元の受話器を取って局長室へ内線をかけた。

 応答を待っている間、ヒフミは二人の若者に目配せする。


「ぬしらも、噛み付く相手を間違えているようでは、この世界は生き抜けぬぞ」


 ヒフミが現れず、あのままマホロとガルガが二社と衝突していたら。後ろ盾のないSCSは大企業から不当な圧力を掛けられ、簡単に廃業へ追い込まれていたことだろう。


「手を出す気はなかったよ。アメリアが泣かされるまでは」

「ほぉ……」


 開いているのかわからないほど重いまぶたの片方をちらりと上げて、同族の少年を見やった。彼はクニミ警備保障の脅威やゴールデンナンバーズ社を束ねるシティで指折りの権力者にまるで興味がないようで、未だ憤っている相棒の頭を撫でてご機嫌を取っている。

 誰も彼もから向けられる畏怖や尊敬という飽いた感情が感じられない少年に、ヒフミはかえって興味を惹かれた。


「ぬしには恐ろしいものがないのかぇ?」


 その言葉にようやく反応したマホロが、不自然なほどの静けさを携えた瞳を向ける。


「そういうの、


 その意味を詳しく尋ねる前に、草履を履いた足元に空間転移の魔法陣が出現する。サタン局長のお迎えだ。もう少しこの少年と話したかったのだけれど。


「さぁたんめ、空気が読めぬせっかちさんじゃのぅ」


 そう言い残し、ヒフミは魔法陣の光に包まれて忽然と姿を消した。やがて収拾した光の中心に、老人と入れ替わりでミラージュが現れた。


「あれ、ミラージュ? サタン局長の話は終わったの?」

「ええ、なんか、お友だちが来たとかで……」

「どうした? 何か元気なくね?」


 出発前と打って変わって覇気をなくした様子のミラージュに、二人は顔を見合わせる。「サタン局長にビビったのか?」なんてガルガの軽口は綺麗にスルーされてしまった。いつもなら強烈な肩パンと共に「んなわけないでしょぉッ!」と溌溂な声が帰ってくるところなのに。


 生きる屍のような顔をしたミラージュは首をかしげる二人へ視線だけ寄越して、すぐに背を向ける。おおぼつかない足取りがとぼとぼ向かったのは、保安局に併設された消費者金融の無人契約機。きちんと登記してある貸金業者で、不正な取り立てや不法な金利もないクリーンな業者だ。即日組める法人ローンも好評だとか。

 だが、借金は借金。わけがわからないまま、二人は生気を失ったミラージュの元へ全速力で走った。


「ちょっと待て、何の金借りようとしてんだ!」

「ミラージュがこの世で一番嫌いなのは負債勘定科目でしょ!? 借金するくらいなら無給でいいって言ってたのに!」

「離して! あたしだって苦渋の決断なのよ! お願いだから止めないでェーーーッ!」


 半泣き状態のミラージュを引きずって、とりあえず待合所の椅子に座らせた。彼女から聞き出した話を要約するに、オフィシャルシティガードの登録にあたって契約保証金が必要になるらしい。

 星を有するシティガードには、様々な特権が付与される。逮捕権に、街中での武装、それに捜査や戦闘における物損や傷害の補償金優遇。だが特別な待遇には責任が伴うもの。よって、正義と秩序に忠誠心を示すための保証金が必要というわけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る