SCS(3)

「あとはマホロくんね」

「僕は別に無駄遣いなんてしてないよ? 冤罪だ~」


 たしかに、他三人のように「経費とは?」と疑われるような支出はほぼない。だがメンバーの中で群を抜いて高い項目があるのだ。それは『修繕費』と『治療費』である。


炉走ロッソの修理代も毎回頭が痛いんだけど……でもそれより、月に二回も集中医療シェルターに入るのは勘弁して」

「それはそうだな」

「まほろ、むちゃ、いっぱい」


 スピアライトとマリオネットがすかさず頷いた。「え~」と膨れる頬を、右隣に座っていたスピアライトが緩く摘まむ。


「ヒューマの身体は脆い。私が少しでも力を入れたら、お前のふにふにほっぺは簡単に引き千切られるぞ」


 ちょっとした仕置きの意味を込めて、引き千切らない程度に引っ張った。

 ヒューマのほっぺを素手で引き千切る物騒なエルフなんてスピアライトくらいなのだが、それを口にしたら本当に右頬が消失してしまう。また集中医療シェルターのお世話になって何十万ルピも払うことになっては困る。そこは素直に「ごめんなひゃい」と謝って、物騒な指から解放してもらった。


「でもさぁ、装置の普及は進んでるはずなのにまだ高度先進医療扱いされてるのっておかしくない? おかげで共生保険適用外だし。生活局の怠慢だよ」


 税金の他に多額の共生保険料も納めている善良なシティ都市民として、目安箱に一筆入れて来なければ。解放された頬をさすりながらむくれるマホロの態度に、スピアライトは眉を下げて苦笑した。


「治療費うんぬんではなく、ミラはまず無茶をするなと言いたいんだ。ガルガのためにもな。この前なんてお前がシェルターに入ってからずっと泣き止まなくて……」

「スピアねえさん、それ言わないって約束!」

「『俺が守れなかったせいでぇ~~~ふぇええええええ』って、朝までベソかいてよぉ。あ、動画撮ってあるぜ」

「わぁ、スネーク、それあとで僕にも送って」


 怪我をした本人以上に泣きべそをかいてるガルガなんて特段レアでもないが、何回でも何パターンでも見たって良いものだ。特別に愛されていると感じる。茹で上がった真っ赤な顔で恨めしそうに睨んでくる相棒に、マホロはウインクで返した。


 カオスになってきた空気を戻そうと、ミラージュが手を叩く。


「とにかく、せっかくみんなで稼いだお金が無駄な支出で消えてることをわかってほしかったの。みんなガルガを見習って今月から気を引き締め――、あら? 保安局からメールだわ」


 グラフが表示されているスクリーンに、メール受信のポップが浮かぶ。毎日決まった時間に送られてくる代わり映えしないシティ情報のお知らせメールとは違うアドレスだったため、気になって開いてみた。


「えーっと、なになに……? ――ショッピングモール爆破事件の解決に尽力した貴社の功績を称えてオフィシャルシティガードに任命し、ここに一ツ星を授与する、保安局長サタン――……ふぁ???」


 間抜けな声を出したミラージュの目が点に変わる。スクリーンに表示された文面を見た他のメンバーも同様だ。

 しん、と静まり返った一瞬が永遠のように感じる。だが身体の奥底から爆発的に沸き起こる歓喜が時を押し流した。迸る本能に身を任せ、全員がその場から一斉に飛び上がる。


「おっ、オ、ォっ、お、オフィシャルシティガードォオオオオオオオオ!?!?」

「うぉぉおおおおおおおまじかぁあああああああ!?!?」

「おほしさま、きらきら!」

「ようやくこの時が……!」


 目玉が飛び出る勢いで発狂するミラージュとスネーク、そしてご機嫌に小躍りするマリオネット。仁王立ちになって感慨深げに頷くスピアライトの隣で、ガルガは感極まって相棒を抱きかかえてくるくる回った。普段は感情の起伏が穏やかなマホロも、この時ばかりは両手を上げて喜びを爆発させる。


「やったなマホロ! ついに俺たちも星付きだ!」

「うん!」


 彼らがこれほどまでに歓喜しているオフィシャルシティガードとは、シティの秩序を司る保安局がその実力を認めた優良企業に与える称号。シティ都市民がどこのシティガードに依頼を持ち込もうかと考えた時、オフィシャルの二つ名はとても重要な役割を持つ。いわば商品の品質保証のようなものだ。登記されたシティーガード千五百社の内、オフィシャルシティガードは百社にも満たない。


「腕章の引き渡しと登録手続きのため必要書類を揃えて保安局受付窓口へ、だって! ちょ、今すぐ行って来るわ! スネーク、今日のあたしのスケジュール全部リスケしといて!」

「俺様はお前の秘書じゃねーけど、わかった! 気ぃつけてな!」

「ありがとう! みんな、今夜は【サキュバスのしっぽ亭】でパーッとお祝いするわよ! もちろん経費で!」


 普段から経費削減に余念がない社長からの珍しい提案に、再び歓声が上がった。使い古されて角が潰れたビジネスバッグを担いでドタバタと階段を駆け下りる後ろ姿を社員全員で見送る。今日のヨモスガラビルはいつにも増して賑やかだ。


 すると、不自然なほど清々しい笑顔のスピアライトがマホロとガルガの肩を叩いた。美の化身とも語り継がれる愛縁神ヴィーチェの彫像に匹敵するほど完璧な微笑みを向けられ、なぜか悪寒が駆け巡る。


「二人とも、今は抱えてる案件がなくて暇だろう? ミラについて行ってくれないか? 私とマリは昨日のペットモンスター探しの続きをしないといけないんだ」

「いやでもこれから新しい依頼人が来るかもしれねーし、」

「ついて行って、くれるよな?」


 つまり、解約された個人警護の代わりをしろ、と。疑問形なのに拒否権など最初から存在しなかった。掴まれたガルガの肩がミシミシと音を立てる。マホロの方は骨が砕けるかもしれないのでソフトタッチ。優しいのか狂っているのか、どっちかにしてほしい。一度担当した依頼はどんな内容でも責任を持って最後までやり抜く姿勢は素晴らしいけれど。

 ガルガは青い顔で「スピア姐さんわかった、わかったから」と、血管の浮かんだ手を軽く叩いた。






◇◆-------------------------------------------------◆◇



<用語解説>


【サキュバスのしっぽ亭】

 シティ第二層東区の歓楽街を取り仕切るドン。飲食の提供の他に、コスプレ姿のサキュバスたちが楽しい接客サービスをしてくれる。

 多くの要人がお忍びで利用していることから、シティの機密事項は情報局のサーバーではなくこの店に詰まっていると言われる。基本的に顧客情報を口外することはないが、SCSには従業員のストーカー事件を解決してもらった借りがあるので協力的。

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