SCS(2)

 スライドが切り替わり、今度は円グラフが表示された。シンプルなホワイト調だった映像は黒い背景に変わり、フォントもおどろおどろしいものになっている。間違いなくミラージュは怒っていた。


「スネーク、経費の合計額を言ってみなさい」

「ご、五百五十万ルピ……」


 細かい牙がびっしり生えた口を押さえて小刻みに震え上がった。せっかく稼いだ報酬が、経費でほとんど消えてしまったのだ。その多くが物損請求。内容はコンビニのガラス三枚、電光掲示板二枚、水道管一本と一般車両五台、捜査の影響による十分間の地下鉄運休、エトセトラ……。さらに水道光熱費や事務所家賃などの通常経費を差し引けば、純利益はすずめの涙ほどしか残らないだろう。


「一番多い任務中の物損請求に関してはシティガードの組合保険から多少補填があるから給料の未払いまではいかないけど、これは由々しき事態よ。みんな、無駄遣いしすぎ!!」


 鬼の形相で再び切り替わったグラフを差し棒で叩く。社員一人当たりの経費の棒グラフで、ガルガを除いた全員が高額の横這い状態。今日という今日はしっかりお灸を据えてやらなければ。これ以上雇い入れる余裕がないため社長業と兼務して経理も一人で担当しているミラージュは、怒り心頭であった。


「まずスピアお姉様!」

「フッ。怒っている顔もかわいいな、ミラ(何だ、ミラ?)」

「すぴあらいと、ほんね、ぎゃく」

「おっと……」


 その勇猛な戦いぶりは伝説となって向こう千年は語り継がれるであろう七英雄のはずなのに、従妹のことになるとどうしてこうもポンコツになってしまうのだろうか。


「スピアお姉様、この”留守中の個人警備料”って、何?」

「私が依頼でそばを離れている間にミラを守るための警備料だが」

「いらない! 即解約するから!」

「そんなぁ!?」


 ミラージュは守られるだけのお姫様ではない。むしろこの中の誰よりも長くシティで暮らしているため、危険な場所や身を守る術は熟知している。ボディガードなど不要だし、そんな物騒なものが背後についていたら男運が逃げてしまう。出会いは一期一会。一発逆転玉の輿ワッショイが貧乏女社長の野望だ。開戦時からエルフ族を守るために勇敢に戦った戦女神をミラージュは心から尊敬しているが、この異常な過保護っぷりだけは受け入れ難い。請求書に載っていた連絡先にその場で電話し、問答無用で解約を申し出た。


「次、マリちゃん!」

「ふぁい」

「またお人形を買ったわね? 先月も新しい子をお迎えしてたじゃない。今回は何を注文したの?」

「このこ!」


 北方民族の文様が入った幅広の袖は収納も兼ねている。そこから取り出したのは骸骨頭のウサギが血濡れのナイフに刺されているちょっと不気味なインテリアドール。マリオネットはコワカワイイものが特に好きだった。安価な市販品にそういった特殊な人形は少なく、たいていはオーダーメイドで高値の場合が多い。


「うさぎさん、あたらしいおともだち!」


 ピアノを演奏するように宙で指先を動かせば、見えない糸に操られたぬいぐるみがマリオネットの膝の上でくるくると踊り始める。これがパペット族の能力。自分以外のどんな存在でも自在に操ることができる。つまり、このウサギはマリオネットの新しい兵隊おともだち。出窓にクッションを敷き詰めたマリオネットの特等席には、他にもコワカワイイ人形が何体も積み上げられていた。

 フンフンと拙い鼻歌が終わり、マリオネットはジャーンと両手を上げたウサギと同じポーズを取った。手のひらで顔を覆ったミラージュの両肩がわなわなと震える。怒りでどうにかなってしまったのかと思いきや、違うらしい。


「はぁああああんかわいいっ! マリちゃんは天使! 許す、次!」

「甘くねぇ!? なぁ、マリオネットにだけ甘くねぇ!?」

「うっさいスネーク! かわいいは正義! あんたが新調した意味不明な装置よりよっぽど有益!」

「おいおい、あれは今時の腕利きアーティファクターなら誰もが欲しがる新型アーティファクト、【3Dプリンジャー】だ! これさえあればちょっとした部品くらいパパッと……」

「そう言えば最近、3Dプリンジャーで作ったブランド品の贋作がオークションサイトへ大量に出品されて騒がれてたよね」


 マホロの何気ない世間話に、ミラージュは髪色と同じ金の瞳を剣呑に細める。ネット上でよくネタにされるスベッタヌマギツネと見紛うほどの見事なジト目だ。


「あんた、まさか……」

「は、はぁあ!? ちげぇよ! 仮にそうだとしても、トップアーティファクター・スネーク様が偽物ってバレるようなヘマをするわけねぇだろ!?」

「……へぇ?」


 森のエルフが奏でるハープのように澄んだ声がさらに数トーン下がった。バレなければ良いというものではないし、スネークには本当にそれを可能にする技術があるから笑えない。


「すねーく、ぼけつ、あなほり」

「と、とにかくちげーって! ダチから頼まれた部品をちょーっと作って、いくらか貰おうかとは思ってたけどよぉ……」

「会社の備品で小遣い稼ぎしないで。使用する時には必ず稟議書を上げるように」

「うげええええええ!」


 掘った墓穴に入り秒で砂を被ったような展開である。アーティファクトを作る技術者のアーティファクター、その中でも知識と製造技術を【AFT協会】に認められた一握りの存在である『トップアーティファクター』という名声の信憑性が限りなくゼロになってしまうほど、スネークはどんな瞬間でもアホだった。






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<用語解説>


【3Dプリンジャー】

 製造メーカーがプリン好きな精霊と契約を交わしたことで実現した、夢の錬金窯。設計書と必要な数のプリンを炊飯器型の機械に入れてスイッチを押すと、目的の物が錬成される。錬成対象の難易度で要求されるプリンの数や種類が変わる。装置が爆売れした影響で、プリンの価格が高騰した。


【AFT協会】

 アーティファクター協会の略称。

 技術者の育成や資格試験、作品の普及、違法製造の取り締まりなど、その活動は多岐に渡る。

 魔法や魔材に関する知識、それに科学技術にも精通していなければならないアーティファクターは専門資格であり、厳しい筆記試験と実技試験を通過して協会に登録する必要がある。その中でもトップアーティファクターと呼ばれる存在は、ほんの一握り。

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