Act.3 Security Connect Service

SCS(1)

 シティ第二層東区七番通り――メインストリートのオーバーナイトから少し外れた場所にある、比較的静かな通りだ。

 マホロを抱えて建物の間を飛び越えながらアクロバティックに移動していたガルガは、壁面に『ヨルモスガラビル』のネオン看板がかかった三階建てビルの屋上に着地した。築五十年越えの錆びついた出で立ちが七番通りによく馴染んでいる。

 ヨモスガラビルの一階はクソ不味いコーヒーが売りのカフェ。二階はSCSの事務所。三階は単身者向けの賃貸が三部屋あり、今は二人の住人が暮らしていた。


「急いでガルガ、あと三十秒!」

「任せろ!」


 さも当然のように担がれたままのマホロと、それについて何も疑問に思っていないガルガ。二人は塔屋へ滑り込み、階段を全段すっ飛ばして二階へ向かう。踊り場に鎮座する自販機の前に素早く着地し、切れかけの蛍光灯が明滅する薄暗い廊下を全速力で駆け抜けた。目指すは突き当りに佇むやたらムーディーなブラウンの鉄製扉。手書きで『依頼大募集中☆』と書かれた吊り下げプレートが待ち構えていた。

 息を切らしながら扉の前に立ったガルガが、ドアノブを押して中へ転がり込む。一歩踏み込んだその刹那、始業を告げるデジタルアラームが鳴り響いた。


「ま、間に合っt「っしゃぁあああああッ! 始業ジャストォ! 俺様の一人勝ちィ! マホロ、ガルガ、でかした! オラオラ、全員賭け金出しやがれ」

「ちょっと待ったぁ! 両足が入ったのはアラームが鳴った後! つまり今回はドローよ! マホロくんなんて足すらついてないじゃない!」

「はああ!? 往生際がわりぃぞババア!」

「まだ百年しか生きてないわよぉおお!」


 飛んで跳ねて髪型もぐちゃぐちゃになって走ってきた二人を前に、スネークとミラージュの取っ組み合いが始まった。マホロとガルガが遅刻するかどうかで賭けをしていたらしい。


 くたびれたレディーススーツと社名が印字されたミリタリージャケットという風変わりなファッションの美女がミラージュ。味気ないハーフアップで纏められた見事なプラチナブロンドから、先の尖った長い耳が覗く。

 ミニスカートからすらりと伸びる健康的な美脚に相応しくない履き潰されたボロボロのハイヒールが、悪趣味な柄シャツを着たリザードマンの脇腹にめり込んだ。ギョッと飛び出る蛇目と押し出される長い先割れ舌。鋼より硬い緑の鱗に包まれた自販機ほどの巨体がしなり、開けっ放しの扉の外へ吹き飛んでいく。衝撃で脱げた健康サンダルが虚しく宙を舞った。


「ミラ、今の回し蹴りは見事だったぞ」

「本当!? スピアお姉様に褒めてもらえるなんて光栄だわ!」

「だがミニスカートで大立ち回りするのはよくない。ただの褒美にしかならない変態も世の中にはたくさんいるんだ」

「すぴあらいと、たれてる、はなぢ」

「おっと……ありがとう、マリ」


 変態だと自己紹介したのはエルフ族のスピアライト。編み上げた銀髪が麗しい絶世の美女だ。ミラージュの従姉で、百年戦争で名を馳せた七英雄の一人……の、はず。実際は愛する妹分の刺激的なパンチラを拝み条件反射で鼻血を流すような変態だなんて、彼女の成し遂げた様々な功績の威光が消し飛んでしまう。

 朽葉色の布を重ね合わせ帯紐で縛ったエルフ族伝統の戦闘服にミラージュとお揃いの社用ジャケットを合わせた奇妙な出で立ちだったが、類稀な美貌と圧倒的なスタイルのスピアライトが着れば、不思議と様になった。まるでシティガールズコレクションのランウェイを歩くスーパーモデルのようだ。鼻血出てるけど。スピアライトはマリオネットから受け取ったティッシュでシュッとした鼻を押さえた。


 ヒューマの十歳児と似たような体躯のマリオネットは、パペット族と呼ばれる種族だ。個体数は他種族と比べると圧倒的に少なく、その存在も開戦するまで未確認であったほど。

 パペット族には被り物で素顔を隠すという習性がある。素性や性別を徹底的に伏せ、生涯明かされることはない。マリオネットは大きな巻角が特徴的な魔物の骨を四六時中被っていた。だから誰もマリオネットが少年なのか少女なのかも、そもそも子どもなのかも知らない。シティでは外見年齢ほど当てにならないものはないのだから。わかるのは、だぼついたハーフパンツから見える足や指先が闇そのもののように真っ黒なことだけ。


 騒がしい出迎えを受け、遅刻しないように必死に走ったガルガは項垂うなだれた。


「何か、急いで損した」

「まぁまぁガルガ、賑やかでいいじゃない」


 担がれたまま微笑ましく騒動を眺めるマホロの背後で、めり込んだ壁から這い出たスネークが「よくねェーッ!」と喚いた。ここまでがSCSの様式美である。




 ❖




 万年資金不足なSCSの事務所は、もともと古いスナック店だったテナントを居抜きで利用している。ド派手な真っ赤な壁紙に、同じく真っ赤なベロア生地のL字ソファ。上を見れば過装飾な年代物のシャンデリアがギラりと光る。ガラステーブルやモダンな白黒のスクエアタイルのフロアに至るまで「いかにも」という感じ。ダーツやビリヤード台がある遊戯スペースもそのままになっていた。初見ではどこからどうみても夜の店。扉を開けた途端に「間違えました」と言ってとんぼ返りしてしまった依頼人を何度追いかけたことか。


 L字ソファに座った全員の前で、ミラージュがバーカウンターの奥に立った。スナックのママにしては若いが、貫禄はある。じゃなくて。


「それじゃあ月初ミーティングを始めるわよ。まずは先月の売上から!」


 天井からロールスクリーンを勢いよく下ろし、プロジェクターの電源を入れる。手元のタブレットを操作して、数字とグラフの資料を表示させた。


「売上総額は前々月よりも約百万ルピ多い六百万ルピ、前年対比で百五十パーセント! これは過去最高の単月売上よ。特に先週の爆弾処理の謝礼金が大きかったわね。みんな、本当にお疲れ様!」


 シティガードの主な収入源は、依頼を達成した場合に支払われる達成報酬だ。他社と協力した場合は折半になる。場合によっては全額持って行かれることも。大企業でもない限り、どこのシティーガードも資金不足は同じだ。依頼は都市民が直接事務所に持ち込む場合もあれば、保安局で受付した依頼を窓口で受注するパターンもある。その他にも指名手配犯の懸賞金や特別功労に値する場合の謝礼金など、収入源は多岐に渡る。


「じゃあ給料も前月より多くなるな! 空艇場が待ち遠しいぜ~!」


 ギャンブラーたちが熱狂する空のレースに給料全額を毎月ベッドしているアホなスネークが夢見心地に語った。だが、現実はそう甘くない。


「今のは単純な売り上げの話よ。重要なのは経費を差し引いた利益の方。これを見なさい」


 先ほどまでの麗らかな表情が引っ込み、経費削減の鬼が顔を出した。こころなしか事務所の気温が二、三度下がった気がする。

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