超恒久的共生盟約都市(5)

 ❖




「ありがとう! まさか本当に捕まえてくれるなんて……!」


 マホロとガルガは料理屋の女性のもとへ戻り、取り返したバッグを手渡した。

 一ルピも損なうことなく戻って来た一か月分の売り上げを抱きしめ、安堵に泣き笑う。その様子に二人は自然と笑顔を浮かべた。


「あいつはバッグの中に大金があることを知ってた。きっとおばさんのことをよく観察して、何度もシミュレーションしてから犯行に及んだんだ。もしかしたら客としてお店に来てたかもしれないね」

「まぁ……! だとしたらすごく不用心だったのね、私。これじゃあ襲われても仕方ないわ……」

「ひったくりなんかする奴が百パーセント悪い! おばさんは何も悪くねーよ」

「でも今回の件で他の連中からも目を付けられるかもしれないね。ああいう奴らは横の繋がりもあるし。現金護送サービスを提供してるシティガードもあるから、安全のために考えてみて」

「ええ、ぜひそうするわ。でもその前に、あなたたちにちゃんとお礼をしなくちゃ」


 取り戻したバッグを開き、謝礼金を渡そうと手を入れた。シティガードは公務員ではなく保安局の認可を受けた一般企業。サービスは全て有料だ。二人から報酬を提示されたわけではないが、渡さないと彼女の気が済まなかった。


「おばさんから正式に依頼を受けたわけじゃないし、僕らが勝手にしたことだから、今回は大丈夫だよ」

「いいえ、そういうわけにはいかないわ! あなたたちは本当によくしてくれたもの」

「いいっていいって。どうせ始業前で業務時間外だし――……って、やべぇぞマホロ、遅刻する!」


 腕時計を見て血相を変えたガルガが青い顔で叫ぶ。遅刻なんてすればあの守銭奴女社長は嬉々として人事評価にマイナスを付け、即刻減給を突きつけてくるだろう。何せ経費削減の鬼なのだから、ミラージュは。


「そういうわけだから、そろそろ行くね」

「じゃ、じゃあ今度うちのお店に寄って! たっくさんサービスしてあげるから!」

「うん、そうする。……あ、そうだ」


 去り際、マホロは思い出したようにジャケットの胸ポケットから名刺を取り出すと、女性へ手渡した。赤切れが残る働き者の指が三文字の社名をなぞる。


セキュリティコネクトサービス……」

「シティ第二層東区七番通りのヨモスガラビル二階。何か困ったことがあったらここに来て。力になるよ」

「ありがとう。本当にありがとう、二人とも」


 宝物を握り締めるように名刺を胸の前に抱いた女性へ軽く手を振り、二人は脱兎の勢いで駆け出した。遅刻はまずい、本当にまずい。


「あーあ、炉走ロッソがあればなぁ!」

「それ今日だけで何回言うのさ」

「冗談だって」

「ガルガ」

「何だよ」

「抱っこ」

「……フン、仕方ねーなぁ!」


 そんな、尻尾をぶんぶん振って全力で喜びを表現しながら「やれやれまったくマホロは」という体で言われても。

 素直すぎる反応に苦笑するマホロを片腕でひょいと持ち上げると、ガルガは犯人を追跡した時のようにビルの屋上まで飛び上がった。半透明な魚群のホログラムが二人の周りを優雅に泳ぐ。炉走ロッソの乗り心地が最高なことに変わりはないが、マホロは相棒の肩から見下ろす街の景色も同じくらい好きだった。太陽神デイルの光が届かない暗闇の下に広がるいつも賑やかな街と、それを彩るネオンライトの花畑。この街で暮らす人々の営みを守りたいと強く思う。


 ここは百年に渡る種族間戦争が終焉を迎えた土地。

 種族の垣根を超えて共に手を取り、多様性を認め合う。そんな新しい都市のロールモデルとして、終戦宣言がなされた地にこの超恒久的共生盟約都市は築かれた。

 だが『共生』とは口にするのは容易いが、実現には困難を伴うものだ。それを物語るのはシティの犯罪率の高さ。毎日三百件以上、一時間当たり十三件も何かしらの犯罪が行われている。最も危惧すべきは、百年が過ぎようとしても大戦の残り火を抱いたまま大規模なテロ行為を繰り返す武装組織。先日の爆弾魔もその一派だ。彼らの戦争は、まだ終わっていない。



 だからこそ。

 闇に包まれた街を照らすために、ネオンライト以外の明かりが必要だ。

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