超恒久的共生盟約都市(4)

 ❖




(シティガードも保安局も、大したことないな)


 どこにでもいるような冴えない中年ヒューマは、オウマガ銀行オーバーナイト支店のATMの前で人知れずほくそ笑んだ。


 街に溶け込む最適な姿、それは量産型ヒューマオヤジである。何せシティの人口の半分はヒューマなのだ。彼らはヤワな命と引き換えに高い繁殖能力を持つ。一人いれば近場に百人いると言われるほど。

 そんなヒューマの中でも絶世の美女や奇跡のイケオジではなく、風通しが良さそうなバーコード頭で肥満気味の汗っかき、それに通風を患っているような中年ヒューマオヤジが最適だ。しげしげと眺めても特に良いことが起きるわけでもなく、そもそもどこにでもいすぎて誰も目を向けない天性のステルス属性持ち。あらゆる姿にメタモルフォーゼして正義の追跡を掻い潜って来たからこそわかる、絶好の隠れみのだ。


 キャッシュカードを読み込ませている間、先ほど奪ったバッグを開いて中身を確認する。今日の上がりは上々だ。しばらくは派手に盗まなくても食うには困らないだろう。あとは口座に入金して、さっさとバッグを捨てるだけ。――そのはずだったのに。


「見つけた」


 次の瞬間。一瞬で冷や汗を噴き上げた後頭部すれすれを、身の竦むような威圧が突き抜ける。前方の『STOP! 振り込め詐欺⚠』のポスターが貼られた壁にヒビが走った。見れば、張りのある若い左手が壁にめり込んでいる。恐る恐る背後を振り返ると、息を飲むほど端正な顔立ちの青年にダイレクトバック壁ドンされていた。


 ATMの背後確認ミラーに映り込むのが絶世の美女であれば、それはもう絵になっただろう。だが悲しいかな、イケメンから壁ドンされているのはたっぷりとした二重顎と生え際が後退して頭皮と一体化したまん丸おでこの中年ヒューマだ。しかもこちらを見下ろす涼し気なシルバーアイズはキッと吊り上がり、何やら機嫌が悪そう。新手のオヤジ狩りだろうか。


「な、な、何するんだ、私はただ自分の金を預けようと……」

「知ってるか? 優れた嗅覚を持つ過敏嗅覚種の証言は法的証拠として認められてるんだ。どれだけ姿を変えても匂いだけは変えられない。言い逃れできると思うなよ」


 その物言いにハッとして、カーキのブルゾンに包まれた腕へ視線を向ける。すると案の定、犯罪者が忌み嫌う組織の腕章が目に入った。三重円に十字マークの、忌々しいシティガードのシンボルが。


 犯人はとっさに現金が入ったバッグを頭上に放り投げた。突き刺すような視線が一瞬上へ逸れる。そのわずかな隙を突いて変身を解き、無色透明のぷにぷになメタモスライムの実体に戻って長い足の間をすり抜けた。尻尾を切り落として逃げるトカゲと同じだ。せっかくの大金は惜しいが、捕まってしまっては元も子もない。


「あっ、おいコラ待ちやがれ!」


 ガルガが牙を剥き出しにして吠えるが、構わずフロアを滑るように移動する。シティガードに待てと言われて律儀に待つ犯罪者はいないのだから。


(雑踏に逃げ込めば自慢の鼻でも簡単には探せまい。まぐれで嗅ぎつけた幸運は大したものだが、私の勝ちだ!)


 メタモスライムは透明なだけで実体はある。自動ドアの超音波センサーが反応して、シュッとガラス扉が開いた。


(いざゆかん、オーバーナイト!)


 背後から追いかけるガルガを嘲笑うように自動ドアを過ぎた先。三段のちょっとした階段の下で、マホロが待ち構えていた。――ビルメンテナンス用の高圧洗浄機を構えて。


「いらっしゃい」


 そう甘く微笑むと、誰もいないのに開いた自動ドアへ向かって最大出力の放水をお見舞いする。正面から水を浴びた犯人は堪らず階段脇のスロープから歩道へ逃げ出した。しかし――。


「これならステルスも意味ないよね」

「ああ。やっぱりマホロは冴えてるなぁ」


 そんな会話が犯人の頭上で交わされた矢先。アスファルトへ滴り落ちる水で居場所がバレバレのメタモスライムを、マホロとガルガが取り囲んだ。

 長年逃げ果せ続けた悪運もここで尽きたかと、メタモスライムが悔し気に頭上を振り返る。しかしそこにで思わぬ光景を目の当たりにした。


「なっ、な、なぁっ……!?」

「はーい、大人しくしてね」


 頭上にかざされていたのは、黒鉄の銃口。引き金に指をかけたマホロは顔色一つ変えず、ハンドガンをメタモスライムに向ける。黒く冴える銃口の奥に釘付けになった犯人は、ただひたすらに狼狽えた。


「ま、待ってくれ! 私はもう袋の鼠だ! なぜ銃を向ける!?」

「だって目を離した隙にまた逃げられたら困るし」

「逃げない、逃げないって!」

「んー……ガルガ、信じられる?」

「んなわけあるか。一発ぶち込んで黙らせてやれ」

「そんなぁ!?」


 若気の至りにもほどがある。シティガードには血気盛んな者が多いと聞くが、限度があるだろう。これではどちらが犯罪者なのか!

 込み上げる批判を口にする勇気は犯人にはない。なぜなら、引き金に掛けられた指が徐々に引かれるのを見たから。


「それじゃ、おやすみ」

「待っ――」


 プシュッ――。


 サイレンサーもついてないのに、妙に静かな発砲音だった。

 一瞬でまぶたが重くなる。ああ、死ぬのか。でも、思ったほど痛くない。意識を底なし沼へ鎮める強烈な眠気を感じながら、犯人は意識を手放した。


「【無針麻酔銃スリーパー】、やっぱ便利だな」

「スネークはドラゴンも一発で眠らせられるって言ってたけど、本当かなぁ?」


 装填されていたのは銃弾ではなく、あらゆる麻痺薬を抽出して作られた超高濃度麻酔液。それを圧力発射して皮下注射することにより、一瞬で相手の動きを封じることができる。無針麻酔銃スリーパーは非力なヒューマであるマホロのために作られた特注武器だ。ハンドガンの形をしているのは、このアーティファクトの製作者であるスネークの遊び心。


 マホロが事前に通報していたパトカーのサイレン音が徐々に近づいて来る。やがて到着した保安局職員に爆睡した犯人の身柄を引き渡し、連続窃盗事件は幕を下ろしたのだった。






◇◆-------------------------------------------------◆◇



<用語解説>


無針麻酔銃スリーパー

「僕戦えないからさ、どんな相手でも一撃で勝てるなんかすごい武器作って」というマホロの無茶振りから生まれた、ハンドガン型のアーティファクト。カートリッジに充填されている超高濃度麻酔液の調合はスネークのみぞ知る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る