超恒久的共生盟約都市(3)


「犯人はメタモスライム族の連続窃盗犯だ。実体は無色透明のステルス性質で、他人の姿をコピーしてなりすますことができる。被害者そっくりに擬態して周囲を攪乱して逃げるのが手口」


 女性の手を引いて一緒に立ち上がったマホロは、指示を待っていた相棒を見上げた。


「じゃあおばさんと同じ姿の奴を追えばいいのか?」

「いや、距離を取ったら捕まらないように姿を変えてるはずだよ。じゃないと【バット】の監視網を潜り抜けられない」


 そう言ってマホロが見上げた飾り窓の下。ネオンライトにほどよく照らされた影で、逆さ吊りになった三匹のコウモリが小刻みに揺れる。よく見ればそれは本物のコウモリではなく、胴体に録画用アーティファクトの監視ミラーを備えていた。自立型監視ゴーレム、バットだ。シティのあらゆる場所を無数に飛び交い常時録画した映像は情報局へ集約され、映像解析によって個人の特定を可能にしている。しかしメタモスライムの連続窃盗犯は頻繁に姿を変え、監視社会の中でさえ追跡を逃れ続けてきた。


「逃げ込んだ大体のエリアさえ割り出せれば、匂いで追えるんだけどな……」


 ガルガは長い足を畳んでしゃがむと、女性の前でクン、と鼻を鳴らした。

 飲食店特有の香辛料と油の匂いに混ざって、悪人の触れた匂いがする。

 罪を犯す時、多くの犯人は心に起伏が生まれる。愉悦や、罪悪感や、葛藤。そう言った感情の波は汗やホルモンに滲んで独特な匂いを放つのだ。もちろん誰もが自在に感じ取れるわけではない。これはシティ唯一のウルフ系獣人族であるガルガだからこそ嗅ぎ分けられる、特別な能力だ。姿形を変えられたとしても、匂いまでは変えられない。

 奴の匂いは覚えた。だがシティで最も人が集まるオーバーナイトに逃げ込まれたとなれば、いくら優れた嗅覚を持つガルガでも捜索は困難を極める。

 逃げた大体の方角――それを割り出す方法がマホロの脳裏に浮かんだ。


「おばさん、バッグの中にはいくら入ってたの?」

「一か月分の売り上げだから、ざっと百二十万ルピくらいね……」


 それを一瞬で奪われてしまった現実に、女性は再び悲しみに暮れた。

 どうにかして取り戻してあげたい。その一心で頭の中でプロファイリングし、足取りを探る。あらゆる犯罪者の思考パターンや行動データが蓄積された記憶の海に沈んで、犯人像を正確に作り上げていくのだ。


(捕まらないようにコロコロ姿を変えるような小心者は、盗んだバッグをいつまでも持ち続けたりしない。大金を安全などこかに移して、すぐにでもバッグを手放したいはず。お金を、安全な場所に……)


 その瞬間、一筋の答えが導き出された。


「……オウマガ銀行オーバーナイト支店」

「銀行?」

「奴は盗んだお金をすぐ自分の口座に入れて逃げてるんだ。でもその辺のコンビニのATMじゃ取引上限は五十万ルピ。何か所も回るようなリスクを冒すとは思えない。となれば、ここから一番近い銀行は……」


 オウマガ銀行オーバーナイト支店。銀行最大手で顧客も多く、犯人が口座を開設している可能性が最も高い。


「さすがマホロ、名推理だ!」

「ありがと。じゃあガルガ、先に行って。入金が終わったらまたどこに身を隠すかわからない」

「おう!」


 マホロから指示を受けて嬉しそうに返事をしたガルガは、長い足をバネにしてその場で大きく飛び上がった。遥か頭上で着地した足音が、間髪入れずに走り出す。闇に紛れてビルの屋上を軽々と飛び回り、人混みを避けた最短ルートで犯人との距離を詰めていく。身体能力に恵まれた獣人族だからこそできる芸当だ。


「おばさん、すぐ戻るからここで待ってて」

「あ、あなたたち、一体何なの……? どうしてそこまでしてくれるの?」


 ただの親切と呼ぶには行き過ぎた行為に思える。保安局が手を焼く連続窃盗犯を、見ず知らずの少年たちが捕えようとしているのだから。

 戸惑う女性を安心させるように、マホロは柔らかく微笑みながら左腕の腕章を見せた。


「シティをより良い街にするのが僕らの仕事。だから困っている人がいたら放っておけないんだ」


 シティのシンボルである三重円を横断する十字マークは、街を守る盾を掲げた義勇軍を表している。シティガードの証である腕章を見て、女性は安堵に包まれ涙ぐんだ顔で、深く頷いた。






◇◆-------------------------------------------------◆◇



<用語解説>


【バット】

 三ツ星オフィシャルシティガードであるゴールデンナンバーズ社製の自立型監視ゴーレム。監視録画の他にもいくつかのモードを搭載している。一部の情報局職員からはペットのように可愛がられているとか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る