Act.4 City Guard

シティガード(1)

「大変長らくお待たせして申し訳ありません! 一八七の番号札をお持ちの方、一ツ星受付窓口までお越しくださいっ!」


 待合スペースのベンチでお互いの肩にもたれ合いながら船を漕いでいたマホロとガルガは、溌剌とした女性の声に番号を呼ばれ、慌てて立ち上がった。


 ここはシティの中心である第一層のど真ん中に深々と突き刺さる神々の針――通称セントラルタワー、その一階だ。

 空中塵エアダストの遥か上空に広がる神々の国から地獄で目覚めた破壊の王の心臓を突き殺した、抜けずのニードル。古代神話でも御伽噺でもなく、終戦間際に起きた実際の出来事だと、長命な生き証人たちは語る。


 天国から地獄までを一直線に突き刺す巨大な針の内部を改造して建築されたのが、このセントラルタワーだ。

 破壊王の死体に近い最下層付近は魔物が多く、有志たちによる掃討と調査が今なお行われている。名の知れた冒険者からは「ダンジョン」と呼ばれ、腕試しスポットにもなっているのだとか。そこより上層から地表までを地下監獄、さらに空中塵エアダストより上層を天空墓地として利用している。そして地上から空中塵エアダストまでの目視できる部分、つまり今マホロたちのいる階層が、シティの運営・維持機能を司る主要四局が入った、いわゆる都庁というわけだ。


 セントラルタワーの一階から三階までは保安局のエリアだ。職人のレリーフがふんだんに施された神秘的な内部を、周遊回廊がぐるりと囲む。三階はサタン局長を始めとする重役たちが出入りし、二階は保安局の一般職員たちの作業場だ。

 そして一階正面ゲートを入ってすぐのホールにあるのが受付窓口。来局者を忙しなく捌く円形受付カウンターの頭上には、職人技術が光る歴史的な建造物に似つかわしくない最新鋭の大型モニターがずらりと囲む。

 ここには盗難や行方不明者の捜索など、問題を抱えたシティ都市民が連日駆け込んで来る。受理した依頼はシティガード専用のネットワークで公開され、それを見た企業が受注できるシステムだ。もしくは事件解決に適した能力を持つシティガードへ受付嬢が仕事を斡旋するケースもある。保安局とシティガードの仕組みは、冒険者ギルドのそれとよく似ていた。


 ちなみにミラージュはスピアライトの差し金である二人に所用を命じ、今は保安局長のサタンと三階の局長室で面談をしている。体よく追い払われた形だ。スピアライトには黙っておかなければ。


「あら、マホロくんとガルガさんじゃないですか」


『一ツ星受付窓口』と書かれた吊り下げ案内板の下。円形カウンターに座った事務服の若い女性が笑顔を見せる。

 ふわふわなアイボリーの羊毛を二つに束ねた彼女は、保安局の受付嬢アメリア。メイシープ族の母親譲りの巻角がトレードマークだ。大きな丸眼鏡に負けず劣らずの大きな金色の瞳は、褐色の肌に浮かぶ双子の満月のよう。


「アメリア? 何で一ツ星受付窓口ここにいるの?」


 窓口の前まで来たマホロが不思議そうに尋ねる。

 彼女は都市民からの依頼受付と一般のシティガードの受注業務を担当していたはず。その関係でSCSのメンバーとは顔馴染みなのだ。


「ここを担当していた先輩が産休に入られたので、一般窓口から異動になったんです。お二人こそ、どうして?」

「ミラージュの付き添いで、これを提出しに来た」


 ガルガから茶色い封筒を預かったアメリアが書類を確認すると、その内容に目を見開いた。


「一ツ星の登録書類……! ついにオフィシャルシティガードに選ばれたんですね! おめでとうございます!」


 自分のことのように喜んでくれた受付嬢の笑顔に、二人は少し照れながら礼を返した。一般窓口を利用していた頃から自分たちの活躍を応援してくれていたアメリアとこれからも仕事ができるのは、純粋に喜ばしいことだ。


「私がこのタイミングで一ツ星窓口の受付嬢になったのも何かのご縁ですね。引き続き精いっぱいサポートさせていただきます!」

「うん、よろしくね」

「はいっ!」


 柔らかく微笑みかけるマホロにハキハキと返事をするアメリア。その声のトーンが少しだけ上がり、丸眼鏡の下で褐色の肌がわずかに赤らむ。

 シティガードには腕っぷしに自信のある者が多い。荒くれ者の面々の中で彼だけがまとう穏やかな木漏れ日のような雰囲気に、アメリアは密かに惹かれていた。だが気持ちを伝えるつもりはない。なぜなら――。


(ガルガさん、今日もすっごい睨んでる……ふぇええこわいよぉ~~ッ……!)


 皮脂の微妙な匂いの変化まで感じ取るウルフ系獣人族の優れた嗅覚は、取り繕った嘘も真実も見抜くことができる。乙女の秘められた恋心などお見通しだ。そしてがっつり牽制する。それは強烈な縄張り意識に近い。マホロから見えないところで眼光を鋭くし、牙を見せ、「俺のだぞ」と暗に周囲を威嚇するのだ。この上なく厄介な番犬がいるせいで、これまでマホロに女性の影があったことはない。


「そ、それでは! 登録手続きにあたり、オフィシャルシティガードの概要について改めてご説明させていただきます!」


 アメリアはとっさに頭を切り替え、受付嬢の仕事に徹することにした。ガルガは強くてかっこよくて皆から頼りにされている気さくな獣人族で、アメリアも大好きだ。しかし、ことマホロに関しては心のキャパシティが極端に狭いせいで、正常な判断ができない傾向にある。狼を好んで刺激する羊はいないだろう。

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