そして全てが真紅になる

無雲律人

そして全てが真紅になる

 僕の世界には色が無い。


 空を見ても、風景を見ても、人を見ても、全てが灰色の世界だ。


 そういう目の病気なわけじゃない。僕には分かっている。これは精神的なものから来ているんだって。


 昔は世界が色づいていた。でも、様々な裏切りに遭う内に、僕の世界から色はどんどんと消えて行った。


 母は、僕が小さい頃に男を作って出て行った。


「行かないで、お母さん!」


 僕は涙ながらに母を止めた。だけど、母は僕を一瞥する事も無く、家から出て行った。


 小学生の頃好きだった子は、裏で他の女子をいじめるとんでもない奴だった。


 中学生の頃好きだった子は、僕に思わせぶりをするだけしまくって、想いを伝えると「勘違いしないでよ」と一蹴した。


 高校生の頃好きだった子は、学校中の男子を手玉に取るとんでもない悪女だった。


 そして大学生になった今、僕の世界は灰色になってしまった。


 それでも、僕は君に出会えた。


 由良早苗ゆらさなえは、僕の世界に色を取り戻させてくれる女性だと、僕は信じて疑わなかった。

 

「プリント、落ちましたよ」


 彼女に声を掛けられた時、僕は一目で恋に落ちた。


 君の柔らかい笑顔、透き通るような声、サラサラの髪、ほのかな香水の香り。全てが、僕の理想に思えた。


 だから僕は君に想いを告げた。


 しかし君の答えは僕の期待を裏切るものだった。


「そういう感情で高野君を見た事がなかったの。ごめんなさい」


 だったら、あの笑顔は何だったんだ。君は僕の心を弄んだのか。それなら何故僕に声を掛けた。放っておいてくれたら良かっただろう。


 僕の世界はその瞬間に灰色から漆黒に変わった。


 もう何もかもが見えない。世界は暗闇だ。これ以上僕の世界から色が奪われて行く事に耐えられそうにない。


 どうせ僕の世界から色が消えていくのなら、それならば君の色で僕の世界を埋め尽くしたい。君の血の色で、僕の世界に色を取り戻したい。


 そして僕はナイフを手に取って君の元へ向かった。


 ──そして全てが、真紅になる。



────了

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そして全てが真紅になる 無雲律人 @moonlit_fables

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