第9話 へんなたね
ぼんやりと青い桃花を眺めていた私は、なんとはなしに落ち葉の積もった地面に倒れ込む。
そしてため息を吐く。
疲れた。
もう少し心に余裕が欲しい。
今までのちょっと大変だと思うくらいの野生生活を返して欲しい。
日々の中で小さな驚きを見つけるくらいがいいよ。
知らない蛇を見つけたとか、変な色のキノコを見つけたとか、綺麗な色の小鳥を見つけたとか。お話になるようなドラマチックな事件は要らない。日記に書くようなちまちましたことがいい。
カラカラに乾いた落ち葉が、秋の日差しに温められてぬくい。
色々とどうでも良くなってくる心地良さ。癒しが足りてないよ。ほんとに。
足も尻尾もバタつかせて、気の済むまで赤と黄色を散らして楽しむ。
飽きてきた私は、落ち葉に鼻先を突っ込んで伏せ体を押し付けるようにうねらせて潜る。
砂に潜る生き物の真似。見様見真似でも案外うまくいくものだ。
体全体が落ち葉に埋もれて、外から見えるのは多分私の鼻先だけ。
自前の冬の毛皮と合わさって、とてもぬくい。
このまま昼寝したがったが、あの花を放っておくわけにもいくまい。
なくしたくないし、枯れるまでは飾っておきたい
。
……これだけ不自然に元気だと、このまま枯れない気もするが。
種を鼻先に乗せて、バランスをとる。
慣れたら、リフティングとかもできそうだ。
種を落とすつもりで下を向いたら、
重力に逆らって、鼻先に乗ったまま。
びゃっ?!
背後にキュウリを置かれた猫の如く飛び上がる。
頭を振っても種が取れない。
手で叩き落とすと落ちた。
くっついてきた、でも落とせた。
あれだけ乱暴にしたのに、花も葉っぱも散ってない。
落ちてきた枯葉に飛び上がり、羽虫にビビり、風に身をすくめ怯えつつ、色々確かめてわかったこと。
この種は、置こうと思って触れないと取れない。
体に乗せたら乗ったまま。
根とかで物理的にくっついているのではなく、謎パワーでくっついていること。
猫が自分でつついたものが自分の方に転がってきて、自分でやったのに驚く気持ちがよくわかった。
実が不思議なら種も不思議。
もうちょっと落ち着いて不思議を楽しみたいのだけど。
魔法とか、剣とか、魔法とか。
自分からどうこうこうするファンタジーがいい。
向こうから、飛び込んでくるのは怖いよ。
とはいえ、今の私は小器用なただのキツネだから遠い話だ。
不思議桃を食べたなら謎パワーでキツネの私にも不思議が芽生えるかもと、魔力を感じてみようとしたり念じてみたりしたが、何も起こらなかった。
丹田の奥でなにか熱いものがーとか、心臓の近くにーとかそんなことは無かった。
さもありなん。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
木のウロの拠点はもうバレているので、別の拠点へ引越す。
クマの縄張りからもう少し離れた所にある穴ぐらに向かう。
倒木が目印。木の根の下を掘り広げ、落ち葉を敷いた結構広い巣。
そこそこ湿気があるので食べ物の保存には向かない。
クマを避けるため引越したはいいけど、クマの嗅覚は非常に鋭いと聞くので、早々にバレるだろうと既に諦めてもいる。
ストレス発散も兼ねて、積もった落ち葉に飛び込んだり、潜ったり、潜ったまま移動したり。
かなり楽しい、人で大人になるとこういう遊びはできないから余計に。
ちなみに種については、勝手にくっついてきて、落とさなきゃ落ちないので、首の後ろにつけたままほったらかしにされている。
遊び疲れた私は、うっかり落ち葉に埋もれたまま居眠り。
しばらく経ち昼寝から目が覚め、落ち葉から這いでると、隣に落ち葉の小山が増えていた。
具体的には、昨日のクマのサイズの落ち葉の山。
もう少し再会に、間を空けて欲しかったです。
というか、ガサガサ隠れる音がしただろうに、気づかず寝こけている私って……。
あまりに警戒心が足りてない。元人間に野生の勘を求めるのは土台無理な話だと言うのか。
音を立てないようそっと落ち葉の山に近づく。
動きがない、寝ているのかな?
そっと手を伸ばす。
触れるか触れないかのところで積もった落ち葉を跳ね飛ばして太い黒い腕が伸び、私を抱え込んだ。
正直こうなる気はしていた。身構えていたのに避ける間もなかった。
あっという間に捕まって、ベロベロに毛繕いされ始める
どうもこの姉クマ小さくてフワフワした生き物にご執心らしい。
縄張りの中はネズミやリスなどの極小さい生き物ばかりでクマが撫でるのには面積が足りない。
それに、怯えられて逃げられて撫でるまでいかない。
そうなると、弟クマも今の私のように構い倒されていたようで、最近大きくなってきてようやく逃げられるようになったと文句を言っていた。ついでに身代わりも頼むと。
何故ここまでわかったのかと言うと、桃パワーなのか慣れなのか、クマたちの言っている事がふんわり理解出来るようになったおかげだ。
簡単な単語と表情や動きから感情が伝わってくる。そこから色々繋ぎ合わせてここまで分かった。
その日は、小さいの、危ない、連れて帰ると言って聞かない姉クマを何とかなだめて帰ってもらった。
弟クマはごねる姉クマに呆れて…諦めているのか助けてくれなかった。
ちなみにこれ以降、ほぼ毎日のように姉クマがやってきて同じ攻防を繰り返すことになる。
✄-------------------‐✄
*note 青い桃
青い桃はクマの桃。
巣穴に生えた木になる特別なもの
美味しいだけじゃなくて色々良い効果がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます