第8話 おみやげ
────おおきなてにやさしくなでられているきがする
「っ?!ぎゃっ!」
目が覚めて飛び上がった勢いで天井に頭をぶつけた。
どうやら、木のウロの拠点に戻っているようだ。
はぁ、よかった。
巨大なクマにこんにちはするなんてことはなかったんだ。
外はすっかり暗くなっている。
ぶつけた鼻先をさすりながら入り口に目を向けると、黒い影が慌てたように消えた。
何か重いものが落ちた音の後、ガサガサと枯れ葉のなる音が遠ざかっていった。
家バレてる。
寝起きでぼんやりしていると、どこかで嗅いだことのある甘くていい香りがする。
ウロの口におかれたものから漂ってくるようだ。
平たく潰れたような丸い実、残ったままの枝には葉っぱ一枚と小さな花が一つ咲いている。淡い色で、五枚の花びら。
桜に似ているような。
そういえば狐になって夜目が利くようになった。昼間のようには色が見えず、暗視カメラみたいな濃淡だけの視界で、漠然と色も見えると思っていただけに驚いた覚えがある。
桜に似てるし、赤か黄色系の実?花が咲いているのに実もなるなんてファンタジーだな。
桜、サクラ、さくら……さくらんぼ、うめ、あんず、もも
……モモ?
桃の香りが一番近い気がする。
でもこんな平たい……
平たい桃
ここしばらくの野生の暮らしに、すっかり忘れかけていたスキルを使って「イセカイの手引き」を呼び出す。
あぁ、あった「蟠桃」だ。
見た目はこの通り、押し潰されて平たくなったような桃で、通常の白桃より硬く甘い、そして香りも強い。
果物の中でも、上位で好きな桃。
普通の白桃より甘いと聞いて、気になってはいたが、結局人間のうちに食べ損ねていた蟠桃がここに!
鼻を近づけて、ゆっくり息を吸い込むと至福の香りが胸いっぱいに広がる。動物の鼻のおかげでよく香りを感じられるので、余計にいい気分だ。
ウロの中に入れ、尻尾でパタパタと仰ぐとウロ中に桃の香りが広がる。
こりゃあいいな。
今日はまだ食べないでおこう。今晩めいっぱい香りを楽しんで、明日お腹が空いてから食べよう。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
朝方明るくなった巣穴で、桃の香りにうっとりしながら目を覚ました私の目の前に映るのは、
青色の実
青!?
青い……桃?
枝についた桜似の花も青、葉の縁も青く色づいている。
桃色をすっかり青色に入れ替えてしまったような果実があった。
ももなのに ももいろじゃない このももは ももじゃない かもしれない もも……?
おっかなびっくりつついたり匂いを嗅いでみても、昨日確認した実で間違いないが、青い。
あのグルメなクマたちがよこした実なら美味しいんだろうけど、不安になる色。綺麗だとは思うが、見慣れなくて落ち着かない。
しばし悩んだ私は、面倒くさくなって諦めた。喉も乾いてるし、お腹も空いている。
なんでここ何日もストレスフルな日々を送った挙句、悩まねばならんのか。悪いもんだったら、恨む、化けて出てやる。
あの鼻っ面に噛み付いてやる。
ではいただきます
うまあ
気がつくと桃はなくなり、花と種しか残っていなかった。
非常に美味しい桃でした。
青いがちゃんと桃味。
歯ごたえは柿くらいの固さなのに甘さは贈答用の高級桃に負けない甘さだった。
至福
腹が満たされたからか、いや、それ以上に元気になっている。
元気を通り越して力が張るというか。
ぴょんとひと飛びでウロから地面へ降りる。
いつもなら少したたらを踏む高さだが、私はふらつかずに綺麗に着地。
陽光の下で見る私の毛皮も心なしかつややか。
しっかり力を込めてキツネジャンプ、くるりと宙返り。
動きが以前よりスムーズになっている。
思ったように動ける
…少し違うな、例えるなら、マニュアル操作じゃなく、オート操作になったような。
体を動かす感覚にズレがない。
今までは、人の思考で四つ足の体を動かしていて、本来は二足歩行なのにと考えるのが、自然だった。
私はヒトからキツネになったのだから違和感があって当然で、それがズレだとも思わなかったが、今が本来の感覚なんだろうか?
逆にら動きが良くなった分感情のままに動く耳と尻尾の制御はさらに難しくなった。
今も尻尾が機嫌よくゆったり、揺れている。
時々練習していた二足歩行を試すと、勝手にバランスを取ってくれる尻尾のおかげで、前より安定している。どこぞの有名な狩りゲームの猫のように動けるようになる日も近い。
あの桃はきっと仙桃とかの類の不思議桃だったんだろう。
私は一度ウロに戻り、桃の枝を持ってきてちょうどいい倒木の上に置く。
上手に食べられたので花にも葉にも傷は無い。
花が一つ葉っぱもひとつ、それと木枝の先にしぶとく残った種
んん?
これ実のついていた枝が折れて付いているんじゃなくて、種が発芽して生えてる?
ふぅと息を吹きかけると、実とはまた違った花の香りがふんわりと広がる。
桃の実のまま発芽して、葉っぱが出る、花が咲く。咲いてそこそこ時間も経っただろうに、しおれたり散ったりしないのがなかなか不思議だ。
実と同じく淡い青の花、五つある花びらの縁はちぢれてレースのようで、八重咲きに似た華やかさがある。
柔らかい緑の葉は青く縁取られて、涼やか。
これがもう少し大振りの枝ならば、さぞ美しいんだろうな。
好みで言えば淡いピンクの桜が一番だけど、青も幻想的で好きだ。
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*note 蟠桃
上記の通り平たいもも。
大まかなイメージはベーグルの穴に種が刺さって埋もれてる。
中国の昔話などに出てくる特別な桃は大体この蟠桃のこと。
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