第7話 おいしいかき

朝日というには、遅すぎる日の光が寝床の木のウロに差し込んでいる。


あれほど毎日頑張っていた冬曇りの食料集めも、やる気もする元気もないので今日もひきこもる。


昨日はクマに襲われひどい目にあった次の日だってのに、からっと清々しい秋晴れで冷たい風もなく、久しぶりに寒さも緩んで気持ちのいい天気だった。


やたら天気がいいのが、鼻について一度も外に出ることなくふて寝していた。



出たくないけど、そろそろ喉も渇いたし、トイレにも行きたい。












渋々出向いた先の小川にクマ










ナンデ、ドウシテ……




警戒最大で移動していたおかげか、微かにいつもと違う水音が聞こえるのに気づき、遠回りで向かう。


小川の下流の風下からそっと近づくと……


いました、クマが。

川を覗き込み時々バシャバシャと水面を叩く、魚捕りでもしているようだ。



さっさと水飲んで帰る。さっさと水飲んで帰る。

……ぅぅ



川遊びをするクマから一時も目を離さず、急いで水を飲み終え、





走り出そうと振り返った私の目の前に大きな影






ガブリ


「ぴぎゃあああ!?」



驚き、飛びのく間もなく首根っこに噛み付かれ、引き倒された私。

あまりの恐怖にビチビチグネグネ暴れるも全く抜け出せない。



クマは捕まえたキツネを逃がさぬよう、怪我をさせぬよう、気を使って慎重にを抑えるが、パニックを起こしている私にそれがわかるはずもなく死に物狂いで暴れる暴れる。


そんなんだから、クマの牙が刺さりそうになって焦ったのは、そのクマ当人。


何を思ったかクマは暴れるキツネを手早く胸の下に入れ、そのまま箱座りをして のしかかって押さえた。




大きなモフモフに包まれて動けないってのは、モフモフ好きには、ご褒美。

いつか体験したいとすら思っていたけれど、




ニンゲンって、生存本能ないんか?




急に真っ暗になった何も見えぬ視界。

押さえつけられ、動けず、自分の何倍も大きく強い肉食獣の匂いに包まれる。


恐怖の限界を超えた私はガチガチに固まり動けなくなった。いっそのこと気絶したかった。




急に動かなくなったキツネを心配して、覗き込む2のクマ。

尻尾を巻いて毛も逆立って震える私を安心させようとしたのか、クマは私を抱えて毛繕いを始める。


害を与える気はないと伝えたかったんだろうが、自分も数倍もある肉食獣の口が近づく毛繕いに、何一つ安心できる要素はなかった。



そのまま私が放心している間に、子猫のようにくわえられて、クマたちの縄張りに運ばれた。

縄張りの端に差しかかった辺りで正気に戻り、


「……ひゃーん(いやです)」


控えめに抵抗したら、再びのしかかりの刑に処されたので諦めた。




しばらく移動してようやく降ろされたが、腰が抜けている私は立てずに転がる。


2匹のクマは何がしか話し合うと、一方は近くの木に登り始め、もう一方は、私を腹に抱えて再び毛繕い。


私を抱えるクマは毛繕いが好きなのか、私の毛皮が好きなのか、時々鼻を突っ込んだまま深呼吸をしたり、顔をグリグリ押し付けられたりする。


今は遠き実家の猫よ、あの時はなんであんなに喜べたんだ。怖いよ。



されるがままになっていると、ミシバキと木の折れる音と共にクマが転がり落ちてきた。

遅れて降ってくる、オレンジ色。


柿だ。


見上げると、木の上部にだけ柿がなっている。

ここのは、筆型の柿らしい。この前採った渋柿とは違う種類のようだ。


私に柿を押し付け受け取ったのを見ると、2匹のクマは、自分の分を食べ始めた。

食べろってこと?

色々とどうでもよくなってきた私は目の前の柿にかじりつく。



甘あ、うまあ



よく熟れておいしい甘柿。

暴れたり、縮こまったりと緊張が続いて疲れた体に糖分が染みる。



ごちそうさま!


食べ終わり口の周りを整えながら、顔を上げて

ようやく2匹がずっとこちらを見つめていたのに気づいた。片方はヨダレまで垂らしている。


一瞬私が食われるのかと身構えたが、熱視線を浴びているのは、今しがた食べ終えて残った柿の種。


木を見上げる。


低い所の実はもうないが、高いところや細い枝先なんかにはまだまだ残っている。

体が大きく重たいクマでは、木を折りでもしないと届かないような所、なら木を傷つけずに採れそうだ。


そわそわと落ち着きのない2匹。

チラチラと私を見ながら、つつき合いをしている。


しょうがない。

立ち上がって、木に近寄るとキラキラと期待に満ちた目で見てくる2匹。


自分の数倍の大きさのクマじゃなければ、素直に可愛いと思えるんだけどなぁ。



ひょいひょいと木を駆け上り、柿の実に近づくほどウキウキしだす2匹。

熟れたものを選ぶまでもなく、木の高いところになっている実はどれも日の光をよく浴びて熟れておいしそうだ。


クキを噛み切って実を落とすと、2匹のクマは落ちた実を集めて食べずに、私が降りるのを待ってくれている。


気遣いは嬉しいが正直なところ、木の上で距離を取ったまま食べたかった。


私が木から降りて食べ始めたのを確認してから、細顔のクマが柿の山に頭を突っ込んで食べ始めた。

丸顔の方が動かないので、食べないのかと思って顔を上げると、もう食べていたようだ。

こっそりと細顔にバレないよう(バレて横目で睨まれてる)拾った時にでも口の中に入れたんだろう。丸のまま口の中に入った柿をうまく噛めないようで困った顔でもごもごしている。


こうして落ち着いて観察するとこの2匹、結構違いがあって見分けがつく。



細顔の方は比較的体が大きく、おっとりした性格に見える。私を捕獲してのしかかってベロベロに毛繕いしたのがこちら。


丸顔の方は少し小柄、食いしん坊でよく動く。

散々私をどつきまわしたあげく、目の前で私の柿を食べたのは君だな?



小さい体のせいか、柿2つ程度でそれなりにお腹がいっぱいになる。


クマたちが柿を食べ終えるまでの間毛繕い。

すぐ帰りたかったがクマの匂いが強くて帰り道が分からない。


なお、元人間のキツネに帰巣本能は搭載されておりません。



実際の狐がどう毛繕いをやるかは知らないので、実家で買っていた猫をお手本にして真似ている。


このまま全身クマの匂いのままではストレスで禿げそう。

ここに来るまでの色々でボサボサ、1部綺麗に見えるところはクマに毛繕いされたところなのでやり直し。


とかやってたら、大きい細顔のクマが柿を食べ終わったようで、あっという間に捕まって座ったクマの腹の上。

そのままたっぷりまるっと毛繕いされた。


つやつやピカピカしっとりクマ臭たっぷりのキツネに仕上がった。




✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼




秋の日が落ちるの早い。

もう帰らないと暗くなってしまう。


帰る……帰り道はドコ?


太陽からして、多分あっち。野生初心者の私には拠点の正反対じゃないことしかわからない。ある程度近づけば匂いで家にたどり着けるが、その前に日が沈んで方向が分からなくなる。月の光で照らされればいいけど、たしか昨日の月は細かった。



というわけで離してほしいです。


細顔のクマにすごく気に入られたみたいで、私はクマの腹にがっちり抱え込まれたまま、ベロベロに毛繕いされ続けている。体全体がしっとりふんにゃりクマ臭たっぷり。毛繕いされていないところがない。


知らないふりを決め込んでいる丸顔に目線で助けを求めるも、目をそらされてしまった。




「くぅん(そろそろ帰りたいです)」


私ができるだけかわいい声で訴えかけると、クマは私を抱え上げたままピタリと動きを止めじっと見つめてくる。


そのまま動かなくなったクマに、

私の耳はペタリと伏せ、尻尾を巻いて、ボワボワと毛が立ってくる。

恐怖を感じると、勝手にそうなるのを止められない。


クマは怯える私をなだめるように毛繕いをし、そのまま首をくわえて歩き出した。


この間、我関せずだった、丸顔のクマも動き出したのに気づいて、何度も振り返って私を確認しながら先を歩いている。






あれ、こっちの方角だっけ?




キョロキョロと周りを伺う私に気がついた細顔は、赤ちゃんをあやすように私を抱き上げよしよしと撫で、その手を頭に乗せ目を隠し周りを見えないようにする。



か、帰してくれるんじゃないの……?



キツネを抱き上げたまま二足で歩き出す足音と揺れを感じる。


だんだん強くなる縄張りの匂い。







帰る先は、キツネの家ではなく、クマの家


推定ママクマ、特大ファンタジーサイズの森のヌシ





「きゅう」


私は恐怖に耐えかね、気絶した。


もっと早くてもよかった。





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*note

ままー、みてみてー!

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