第6話 あるひもりのなか その2
気持ちのいいスッキリとした目覚め。
昨日のクマとの出会いの疲れからか熟睡でき、かえって元気が有り余るのが釈然としない。
人間の頃は夜更かしの上に朝寝坊ばかりだったのに、続く野生生活で夜が明けきらない頃に起き、昼に寝て、また夕方に起きて活動するという動物らしい生き方になった。
とはいえ、今日目が覚めたのは日が登りきってからになったが。
今日の食料集めは小休止。
十分備蓄が溜まってきたのもあるし、散策を兼ねて行ったことのない方へ行く。
クマの縄張りからできるだけ離れたいという理由が大部分だ
ウロの巣からクマの縄張りとは逆に進んでいくと果物のなる木が少ない、ほとんどない。
いや、逆だ、今までが多かったのか。
クマの縄張り近くに行くにつれて増える果樹、大型の肉食獣が、熊以外いないこと、そして、この前見かけた、とても高い位置の爪痕。
これはもうこの森の主とかなんだろうか。
中心からこれだけ離れても大きい生き物を全く見かけないから、相当なやつだろう。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
しばらくして、遠目に鮮やかなオレンジ色を発見。
果物の気配を感じて、早速駆け寄る……その前に周囲を確認。
クマの気配なし、クマの匂いなし、四つ足が動く音もなし、ヨシ!
駆け寄った先にあったのは、たわわに実った柿の木。
四角い実がみっしりと付いていて、枝が大きくたわみ、今にも折れそうなほど、たくさんの実がなっている。
手近な枝はキツネの私にも届くほどしなって垂れ下がっていた。
柿の実を鼻でつくと、まだ硬いのが分かる。いい色だし、採ってから少し置けば食べ頃かな。
柿のいい匂いがする。
垂れ下がる木の枝に足をかけ、葉っぱやら他の実なんかの状態を確認。
どの実もツヤツヤピカピカの濃いオレンジ色でよく熟している、美味しそ……う?
つやぴか、つまり傷なし、虫食いなし、鳥につつかれた実も見当たらない、たかる虫もなし。
そして何より、あれだけ甘いものの木をキープしまくっているクマの痕跡がここにきて、欠片もない。
もしかして
そっと実に歯をたて、ほんの少しだけ染み出た果汁をほんの少しだけ舐める。
……んん?意外と甘みがつっ!?
うばあ、渋い!渋すぎる!!
甘味に遅れてとてつもない渋味が。
少ししか舐めてないはずなのに、口中がガビガビする。うえぇ、やっぱり渋柿だったか。
鼻にシワがよったまま、口が閉じれない。
ヨダレも止まらず、ボタボタと垂れてしまう。
尻尾の先から頭の上まで、立つとこ全部毛が逆立ちおさまらない。
狐になって多少の渋さは平気になったからいけるかと思ったけど、全くダメだ。
どの生き物も手をつけていない時点で、それだけの渋さと気づきたかった。
なぜ、自分で、舐めて、試したんだ、私は。
後引く渋さ。渋すぎて舌が麻痺している気すらする。
このまま不味いもの食わされたままではいられない。いるものか。
こいつは持ち帰って干し柿にしてやる!
なんたって、長持ちする甘味は森ではとっても貴重。
不味くて木に残ったままダメになった実を食べたら美味かったのが発祥だって説が出るくらいだから、細かい加工なしでもそれなりのものは作れるだろう。
もいだ実では、この四つ足じゃたくさん持ち帰れないので、木には悪いが枝ごと貰っていく。
鈴なりの実の重みに耐えかねて折れかけている枝なら木への傷も少ないし、嚙み切りやすい。
垂れ下がった枝を抱え込み、アグアグとしばらく噛み続ける。
ぶつりと枝の切れた歯ごたえと共に、私は空中に打ち上げられた。
しなって垂れ下がるほどの量の実がなる枝が落ち、急に軽くなる。
反動で枝が跳ね上がり、しっかり抱え込んでいた私は巻き込まれて飛ばされたという訳だ。
おさえる方を間違えたな、まぁうまく着地できてか怪我もないので、問題なし!よし!
落とした枝は30センチほどだが、ツヤツヤの大きな実がみっちりついている分もう少し長く見える。
私がそのままくわえると、枝がしなり地面につく上、重さに負けて顎も首も痛い。
一旦置いて、木の股をくぐり首にかけると思ったより安定して担げた。
このまま帰ろう、普通に歩く分には落とさず、引きずらずに持って帰れる。
文字通り荷が重いので時間がかかったが、ようやく拠点まであと半分程のところまで来た。
キリもいいので、そろそろ休憩を挟むことにする。私は、ちょっとどころかかなり欲張りすぎたのかもしれない。
くわえて運べる分の実、四つ五つでよかった。背負ってやっと運べる程もあるこの重さ。枝には実が十個近くついている、どう考えても重すぎるに決まっている。家に着く頃には、私の首の後ろがきっと禿げているに違いない。
「っっ?!」
特に警戒していなかったわけでもないのに。
気がつくと、私は空中に跳ね上げられていた。
綺麗な放物線をかいて飛ぶ私と柿の枝。
落ちていく私の視界に大きな黒い影がその鼻先を突き上げるような体勢でいるのがうつる。
いつぞやの熊か。
私は空中で体をよじって、足から着地する。
痛みなし、怪我なし、走れる、よし、逃げられ………ないな、熊って逃げる奴追うよな。
狩るつもりなら、最初の一撃が当たった時点で十分致命傷にできる体格差がある。
遊ばれてる?食われるより、マシだかどうだか。
向き的にクマは私の風下の方から向かってきたようだ。通りで匂いで気づけなかった。それか私がうかつにも風上から近づいたか。
さすがクマ、天性のハンター。
とかなんとか考える余裕があるように見えるのは、クマに鼻面でビスビス突かれて、もはやどうすることもできないから。
できるだけ地面に平たく伏せ体を縮め、ひっくり返らないようにするので、精一杯だ。
しばらく耐えていると、反応を返さない私に飽きたのか、クマは転がった柿の枝を調べ始めた。
このまま私への興味が薄れてくれれば。
飽きたから、食べよう、バリムシャとかなりませんように。
……と祈っていたら、クマはわざわざ私の前に、柿の枝を持ってくると、一つもぎりむしゃむしゃと食べ始めた。
お、お前ひどくないか?とか思うけどその前に、
それ激渋柿
「グギャァアア?!」
のけぞって悲鳴を上げた熊は、とんでもない渋味に耐えかねて柿をボタボタと口から吐き出しながら悶えている。
口を拭ったり、木に噛み付いたり、土を噛んでみたりしても、全く和らぐ気配のない渋み味に、縮こまる私のことなぞ目に入らぬ様子で逃げていった。
私生きてる
なんとか切り抜けられたようだ。体はそこそこ痛むが、見てわかる怪我もない。
柿も一つ実が食われただけ。
落ち着くため、なんとはなしに毛繕いをすると、私の体からクマの匂いが昇ってきて結局落ち着けない。
匂いのせいで、尻尾の治まりが悪い。
どうにかしたくて、バタバタと尻尾で地面を叩くも落ち葉が舞い上がるだけで、どうにもならない。
追われても困るので、少し場所を変え離れてから土のある所で転げて匂いを散らす。
クマの嗅覚的にはかなわない気もするが、それででも
しっかしあの激渋の柿を口いっぱいにむしゃむしゃ食べるなんて。
ざまぁと思わなくもないが、ちょっと可哀想すぎる。
かじった歯に少しついた果汁を舐めただけで舌が痺れ、痛いほどの渋味を口いっぱいに。
おまけにあの縄張りのクマならば甘いものばかり食べ慣れていそうなものなのに。
私は少し軽くなった枝を首にかけコソコソと家に帰る。
途中、水場や風の通りの良い場所など、遠回りするなか今度は何にも出会わなかった。
柿の枝は拠点のウロの出っ張りにかけ小さく縮こまって寝た。夢も見なかった。
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*note
激渋柿、四角い形が目印の渋柿
果物なのに渋すぎて虫除けになるほど
渋味は味じゃない
あと辛味も味じゃない
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