第5話 あるひもりのなか その1

今日も今日とて食料集め。


日に日に風が冷たくなり、ボサボサとみすぼらしかった私の毛皮も冬毛に換わり始め、ふわふわになっている。


木々も葉が落ちて、森の見通しが良くなった。

明るくなった森は獲物を見つけやすいが、その分、私も見つかりやすいので、少々気が抜けない。

それでも最近狩りの成功率が上がってきたように感じる。逃げられることもまだあるけど、仕留め損なって反撃を食らうことはなくなった。

捕まえた獲物は、さっさと頭か首を噛み砕くに限る。グズグズしているとこちらが危ない。げっ歯類の噛みつきはめちゃめちゃ痛いのだ。


今日の収穫はリス一匹とネズミ一匹、大量だ。どちらにも反撃を食らうことなく、きっちり仕留めることができた。



それではいただきます。





今のところ、美味しい獲物ランキング現在の一位は、リス。一番凶暴で反撃してくるのもリス。


リスの肉は、本当に美味しい。

臭みなんてなくて、肉の味がしっかり感じられる甘い肉。

正確に私の顔に飛びついて噛みつきに来るリスを狩るのは怖いし、怪我も絶えなかったが、それに耐えてでも狙う価値のある美味しい獲物。


最初はすぐに逃げられた。

ようやく噛み付けた尻尾だけを置いて逃げられた時は、しばらく何が起こったか理解できず、切れた尻尾をくわえたまま呆然としていた。


ちなみに取れた尻尾は干した後、巣穴に持ち帰って私の枕にしている。


尻尾の取れた哀れなリスは、私がしっかり責任をもってサーチアンドイート。

尻尾を失ったリスは動きが悪くなるので、二度目はそこそこ仕留めやすい。逃がさない。




一番よく取れるのはネズミ。

初めての獲物もネズミ。

まあまあ、美味しいのは豊かな森に住むネズミだからだろう。森の幸をたらふく食べているおかげだ。



人間の時から肉の刺身が好物なので、最初から食べることには抵抗はなかったが、締めるのはさすがに少し怖かった。

美味しいをしっかり味わってからはすぐに慣れたが。





印象に残っているのが、動きの悪い弱ったネズミを見つけて仕留めて食べた時のこと。




ひどく酔った、多分ラリったという表現の方が近い。

強い吐き気と頭痛、めまいにとどまらず、なんだか妙にテンションが上がりまくって訳もなく楽しくなった。しまいには、くひゃひゃひゃと笑い転げながら森の中を飛び跳ねていた。


数時間経ちようやく落ち着いた後も、吐き気や頭痛が長く残り、体力の消耗と合わさってしばらく寝込んだ。


毒キノコか何かを食べたネズミだったのかもしれない。


以降は元気のない獲物は狙わず、そっとしておくことにした。








……あれ?



食べかけのネズミが口からボタリと落ちる。

私は口を半開きにしたまま動きを止める。



狐の食べられないものについて、今更知らないことに気づいた。


味覚が変化していたら、まずいものが食べられないものと当たりもつけられたのに、ほぼ変わらない。強いて言えば、食える味の幅が広がった程度の変化。おかげで渋いものも食べられるのはいいが。


手引きにネコとイヌ以外に食性をまとめた覚えもない。


イヌ科だし、イヌに近い食性だろうか?



「イセカイの手引き」を召喚。

バタバタとページをめくる音を立てながら、目的の項を探す。


イエイヌが食べられない代表は、ネギ・ぶどう・ナッツ・チョコ。


食への探究心が狂っている日本人だった者としては、食の選択肢が狭るのは辛い。


でも種族的な問題だからなぁ。

頑張ったところでどうにも……



頑張る……?…………「努力の実り」はこれも適応範囲なんだろうか?


試すにしても、明日をもしれぬ野生生活ではリスクは犯せない。


キリッとキメ顔で言ったのはいいが、どんぐりってナッツの一種じゃないか?

既にいっぱい食べてるけどな。


山ぶどうも食べた覚えがある。

童話じゃぶどう食べてた。いや食べられなかった「すっぱいぶどう」?

そも童話だから、フィクション?


考えてもわからない。

今のところ食べた後の体調不良もないし、「努力の実り」に期待するしかない。





✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼





秋が深まり、木の葉の落ちた今なら周りの地形が確認できるかもしれない。


思いついた私は食後の毛繕いを中断し、倒木をつたって木に登り始める。


猫のような垂直木登りは難しいが、とっかかりがあれば十分いける。慣れの問題かもしれない。


途中、休憩を挟みようやく登頂。

そうして見えた景色は、1周見渡す限り続く森。


人里か、街道か見つけたかったが、文明の痕跡の欠片も見当たらない。


地平線まで森……じゃない山に囲まれている。

それも一定の高さということは、ここは盆地でもなくカルデラの中だろうか。


ここから出ていくには山越えしなくてはいけない分大変そうだし、これから冷えていくだろう時期に、山登りはさらに危険だ。


でも、冬を越すには好都合。

風や雪雲が山のおかげで遮られるからね。


カルデラの中央には一際大きな大木が見える。

この距離だと、他の木より幹が黒っぽいことぐらいしかわからない。

確かめてみたいが、確かこの方角は熊の縄張りがあったはずだ。諦めよう。


ここまで登った労力がもったいないので、今日の散策は木をつたいながら行くことにする。

人の手が入っていない森は倒木やツタの足場に困らない。






しばらく行った先で、遠目に薄紫色を発見。



秋の森に珍しいあの色……アケビ?アケビじゃないか!


熟れて裂けた実も見える。細い木枝にツタが絡んだ先に、実がたくさんなっている。

人なら無理だが、狐の重さならなんとか届きそうだ。






「グウゥ」



知らない鳴声が聞こえたかと思うと、足場にしていた木が揺れ出す。


慌ててずり落ちかけた体を伏せ、枝に全身で巻き付くようにしがみつく。




何かがいる。

それも木を揺らせるほどの大きいものが。




しばらくして、その何かは諦めたのか、揺れが収まる。

恐る恐る木の下を覗き込むと、小さめのクマが幹に手をかけていた。熊としては小さいが、私には十分大きい。キツネの三倍以上ありそうだ。


アケビに気を取られて全く気付けなかった。

できるだけ縮こまり目線だけを動かして、周りを確認する。

ひとまず、他のクマはいない。

私のいる枝は、あのクマが乗るには細くて頼りない。

もし追われても、枝が折れる前にツタを渡って飛び移れそうな木に目をつけておく。


ひとまずの逃げ道を確保したところで、改めてクマを観察する。


立ち上がって首をのばしそわそわしている。視線の先には、私ではなくアケビ。

体の割に頭が大きく、顔のパーツが近いし、足も太め。


まさかこの大きさで、子熊だったりするんだろうか。既に人間ぐらいの背丈なのに?


クマの熱視線を浴びるアケビは細い枝の先にかかるようになっている。

熊からは、手の届くところまで行けない位置。

隣の木にまでツタが絡んでいるから、この木を倒したとしても引っかかったまま落ちてこないだろう。





はぁ……





「………! グルウゥ!!」


アケビに近づいていくキツネにようやく気が付いたクマは木を揺らして威嚇する。

力を込めているところから遠い分、枝先の揺れも少しはマシだがかなり揺れる。


小刻みに揺らしても私のいる枝先がさほど揺れないことに気づいたクマが、今度は大振りに力を入れてくる。



やめろ、やめろ、ここでいらぬ賢さを発揮しないで。



「きゃん!(とってやんないよ!)」



私がいら立って叫ぶと通じたのか、ものすごく不服そうな表情を浮かべながらも止めてくれるが、視線は全く逸れない。


一挙一投足 目で追われると、冷や汗が止まらない。切実にそれもやめてほしい。


アケビの隣に着いた時には、クマの荒い鼻息がここまで聞こえてくるほどになっていた。


怒りの興奮なのか、喜びの興奮なのか、判別できない。

私の顔がアケビに近づき、口が開くと、耐えきれなくなったのかクマが再び木を揺らす。


揺れる枝からずり落ちながらも構わず茎を噛み切る。


アケビが落ちた瞬間、クマはその体に見合わぬ跳躍力でまだ空中の実をキャッチして食べ始めた。


その頭上で枝に噛みつきだけでしぶとくぶら下がるキツネ

どうにか枝に前足をかけ、鉤爪でしっかり掴む。ツタに足をかけ、落ちた体をなんとか元の位置に戻す。


追加でアケビをいくつか落とし、クマが夢中になっているうちに、自分も一つ失敬して退散した。












そういえば最初に見つけたあの爪痕。




このクマがつけるには、爪の幅も背の高さも足りないような……







まさかもっと大きなクマがいる?

それも子持ちの母熊だったり?









念のため、匂いを誤魔化そうと寄り道をして、小川を渡り木の上をつたって帰った。


なおアケビは、めちゃくちゃ美味しかった。





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*note リス肉

リスは美味しい。

「ジビエの中で」じゃなく、お肉の中でも上位の美味しさ。

秋のよく肥えたのが、特に良い

しかし、食べられる量は、少ない。

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