第4話 四つ足の生き方
あれから2週間。私はなんだかんだサバイバル、いや野生生活を続けられている。
なんとか器用に生き延びているとも言う。
もちろんただの野生のキツネとして。
あの後カラだと思っていた[蔵書一覧]の中に、私の作った「イセカイの手引き」を見つけた。
リストにある題名に触れると、それらしく装丁された革張りの本が宙に現れ落ちてくる。
元々はプラスチック製のファイルにルーズリーフ紙束だったのもあって驚いた。
その手引きに狐の生態と、地形・植生から見る傾向をまとめていたおかげで生き方がわかる。
肉球のついた足で本のページをめくるのには苦労した。
湿った鼻先を押し付けずらすようにしてページを繰る方が楽だと気づいてからはずっとそのやり方だ。人間のように「手」でめくろうとするのは間違いだった。あくまで幻影の本で汚れないからできる方法だが四つ足の獣には合っている。
幻影なら念じてページめくりできてもいい気もするがそんな便利な機能はなかった。
ところで、狐がどういう動物かご存知だろうか?
ザラザラの舌、出し入れ自由な爪に、見事な跳躍力を持ち、基本群れを作らない。イヌ科のネコ。
飼育下の狐の寿命は10年ほどだが、野生だと2~3年、大体そのくらいまでで飢え・病気・事故で死ぬ。ついでに、狐が独り立ちするのは生まれて1年弱、そして今の私は見たとこ若いが成体の狐
つまり、残り時間は……
死ぬ前に、たとえ死んだ後でも化けて出て、あのカミサマに文句の一つでも言ってやらねばなるまい。
最後に食性。雑食よりの肉食で、肉がないなら野菜も穀類だって食べる。
さて知識があるとはいえ、元人間が四つ足ついてする狩りはお世辞にも上手いとは言えない。楽に取れる植物だけでは、腹は膨れてもカロリーが足りない。
ふと、近くに咲いていた花にミツバチが止まるの
を見た私はそのまま食らいつく。
む、甘い、当たり。貯めた蜜が多いヤツだ。
足りない分は……直球で言えば虫を食べて補っている。だいぶ人としての尊厳を捨てているように見えるが、虫の一部に限っては人間の時から好きだったりする。
特にハチ類。
実家の方では、ホームセンターに普通に鉢入り蜂蜜が並んで見慣れていたのと、好奇心が手伝って。決定的なのは、近所のおばあがうめえうめえって食べていた佃煮を、渋々分けてもらって食べたのがうまかったこと。
そういや転生前に、昆虫食で騒いでいたことがあったっけと考えながら、追加のミツバチ、とまった花ごとバクり。
うーん、フローラル。
話題に上がっていた、コオロギなんかの黒茶色で足!って感じの虫はちょっと……ごめんこうむる、遠慮したい。虫嫌いには、どちらも変わらないだろうがなんとなく。
というわけで、個人的な好みに基づき、一部の虫を肉代わりとたまの甘味にしている。
寝床にできる巣穴もいくつか作ってある。木や岩の下の隙間を掘り広げた穴ぐらと、お気に入りの木のウロ。巨木のほどほど高い位置にあるおかげで巣の中も毛も湿気ない。
剥ぎとって干してある苔が乾いたら、ウロに敷き詰めてさらに居心地よくする予定だ。
この2週間生き延びて、この森で過ごしてきて不思議なのが、ここはやたら生きやすい割に、大型の生物を見かけないこと。特に肉食動物は小さい蛇と小型の猛禽ぐらいしか見ない。
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と思っていたんだけどなぁ。
ある日の散策中、どこかでかいだ事があるようで知らない匂いを感じ、辺りを見回し気がついたのは木の幹にきざまれた爪痕。
熊…です……ねぇ。
爪痕の高さからして相当大きな熊。
木の幹の傷の深さもかなりあるが、爪痕の幅もおかしい。熊の手のひらにキツネの私が座れそうな大きさ。
肉球にじんわりと冷や汗をかくのを感じる。
なんの理由もなく、実り豊かで過ごしやすい良い森に大きな生き物がいないはずがなかった。
ここら辺から熊の縄張り。近くの大きい水場にも近寄らないでおこう。匂いも覚えておかなくては。
推定熊の縄張りの外周を確かめながらうろうろしていると、果物のなる木をよく見かける。全部縄張りのもう少し内側で、熊の匂いも痕跡も多いので採りに行くのは危険だろう。
ここのクマさんはかなりの甘党らしい……私も食べたかったな。
ところであちこち実がなっているのを見て気づいたことがある。
今の季節は秋始め頃じゃないだろうか?
まだどの木も青々した葉が茂り、紅葉は見られない。それでも、夜に過ごしやすい涼しさまで気温が下がること、見かけるハチ類が多いこと、あちこちの様々な木の実が今熟していること。
あ、とんぐりみっけ。
いただき むしゃあ
……リスを見習って冬ごもりの準備をしておこう。
異世界の知らぬ地で、日本らしく四季が巡るかどうかは怪しい所だが、一斉にに実がなった。きっとこの後しばらく実りが少なくなる。例えそうでなくても備えがあれば、何かあっても安心。
どんぐりなら手を加えなくても長持ちする。それにこの森のどんぐりは、どれも大きくて渋さが少ない美味しい種類ばかり、ちょうどいいだろう。
たくさん口にくわえて運ぼうとしたが、だいぶ無理があったかもしれない。追加をくわえた端からボロボロと口からこぼれていく。こぼれないのは5、6個程度まで。唾液で汚れる上に持ち帰るまで、他に何もできない。
しょうがないので、枝ごといくつかかたまって落ちていたものを探して、少しずつでも持っていくしかない。
リスの頬袋は、偉大な進化だったんだな。
袋、カゴ、なんでもいいから、入れ物が欲しい。視界いっぱいに材料になるツタ類が生えまくっているのに。作り方もよく知っているのに。この肉球では、カゴを編めない。
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再び2週間、キツネに転生して約1ヶ月が経つ頃、森が秋めいてきた。
日中の日差しはまだ暖かいが、日が沈んだ途端スッと肌寒くなる。
燃えるような紅葉ってのは、こんな木々のことを言うんだろうな。
巣のウロから見えるのは、恐れを感じさせるほど美しい秋の森。
見とれるのはこれくらいにして冬支度を進めなくては。
横に置いていた袋を巣穴に向けてひっくり返し、集めた木の実を放り込む。
ふふん、見てくれこの袋。
見た目は薄汚れた歪な袋、その上小さいが穴が開いているので、木の実を入れすぎると漏れるという粗悪品。
人が作ったのならお粗末極まりないが、
この私、四つ足の畜生がここまでのを作り上げたんだ、褒めてくれ。
~畜生でもできる袋の作り方(グロ注意)~
1.程よいサイズの小動物(今回はよく肥えたネズミ)を仕留める
2.頭や手足を噛み切り、おいしくいただく
3.胴の皮に傷をつけないよう、中身だけおちしくいただく
4.皮を裏返し、残った肉をこそげるようにおいしくいただく
5.水場に行き、皮をよく洗って干す
6.乾ききったら完成
ざっと作業に数時間、乾燥に3日。
原始的な作りなので水や湿気に弱く、腐ったりカビたりしやすい……はず。それでも冬までの木の実カップとしては、十分使える。ダメになってきたら、ちゃんと鞣した革じゃないから、そのまま食べられる……と思う。ちょっとした非常食にもなると思う。
ちなみに作る途中で出た、失敗作の肉は裂かれてジャーキーになった。
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*note 森のネズミ
街のネズミと違って、木の実等をたくさん食べているからかよく太っていて、味も臭みは無く甘みのある美味しい肉。人間の手のひらサイズなので、食いでもいい。
Byキツネ
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