⑥鞠那スカイタウン

 間宮は、エレベーターの乗客の避難誘導をし、点検用の階段から、地上四階に戻ってきたところだった。

 係員に引き渡したところで、端末機が着信する。

 電話口の相手は、酷い泣き声で、何を言っているのか聞き取りづらかった。

『ま、マーリン……大変なことに、なっぢゃっだよぉおお……』

「ひなた? 何かあったの?」

『ひっぐ……いづ、いづるがぁ……いづるがぁ……し、ししし……』

「何? 落ち着いて喋ってよ。加神に何かあったってこと?」

『いづるがぁ! 死んじゃっだぁああああ……!』

 号泣。

 電話口でも、ひなたの頬を流れる大粒の涙が、ありありと想像できた。

 事情を知らないとは言え、さすがに引くほどの大号泣に、間宮は何から言えばいいのかわからなかった。

「何処で死んでるの?」

 ひとまずそこから聞いてみる。

 大方、カメラでもハッキングして、周囲の様子を確認していたのだろう。

『タウンの外にある広場……。えっぐ……ねぇ、CIPの医療技術なら助かるよね……。臓器がビチャビチャに飛び出してるけど……うん、何とか、元に戻してさぁ……』

「その必要はないと思うけど……」

『何でだよぉっ! 生絃が死んだんだよぉっ! マーリンがそこまで感情のないクソ女だとは思わなかったよぉ!』

「クソ……?」

 間宮は思わず顔を顰めた。

 いくら何でも、感情が振り切り過ぎだ。

 どうしてこちらに飛び火してくるのか、訳がわからない。

「とにかく、落ち着いて」

『落ち着けるわけないでしょぉっ! 相棒が死んで何とも思わないの、このアバズレェ!』

「…………」

 まともに話し合える状態ではない。

 間宮は呆れを通り越して、ため息を吐いていた。

 カメラを見ているということは、いずれ加神の脳力について垣間見ることになる。

 で、あれば――と。

 ひなたの態度に、ちょっとむかついてしまった間宮は、意地悪な言葉を残してみた。

「加神だったら、私、何回か殺してるけどね」

『……はぁあっ! 何それぇっ!』

 それは何処か、マウントを取るような意味もあった。

 ひなたよりも、自分の方が加神を知っている。

 そのことに優越感を覚えながらも、間宮は、相棒に合流するため広場へと急いだ。


 ――鞠那スカイタウン・広場――


 【再生】していく加神を前にして、首堂は足を止めた。

 ……時間を掛け、最後に頭が元の形に戻り。

 加神は、そこに付いた両眼で、首堂を見据えた。

「もう……逃がさねぇぞ……!」

「加神……なんでお前がここに……」

「生きた証を残すって言ったろぉおお!!」

 狼狽えている首堂の頬に、うなりを上げた拳を打ち付ける。

 正確無比な右ストレート。

 首堂は勢い良く吹き飛ばされると、脱力した様子で、地面に倒れ伏した。

「……ちっくしょう……」

 相手が立ち上がる前に、次の行動を選択する。

 加神は、首堂の胸倉を掴むと、乱暴に体を引き摺りまわした。

 ……このまま首堂と話し合っている場合ではない。

 今もなお、【使役】の脳力によって、犠牲者が産まれているはずなのだ。

「あ、おい……っ!」


 ……一か八か、止めるにはこれしかないか。

 加神は、近くにあった噴水に首堂を放り投げた。


 首堂が顔面から浅池の中に突っ込んでいく。

「クッソ、加神! 何しやが――は……?」

 すぐさま立ち上がる首堂だったが、何か違和感を覚えたのか、その勢いはすぐになくなった。

 昨日間宮が言っていたことが本当なら、アンリミッターには弱点がある。

 ――そう、たしかに間宮は言っていた。

 アンリミッターは水に弱く、全体が浸水すると機能しなくなると。

 どうやらそれは本当だったようだ。

「前が……見えなくなって……」

 首堂の両眼の輝きが失われていく。

 それは即ち、脳力の効果が消えていくことを表していた。

 だが、まだ可能性がないわけではない。

「くっ、〝邪魔しないでくれよ〟……加神」

「親友だからこそ、その命令は聞けないな……」

 首堂は諦めたように息を吐くと、浅池の中に座り込んだ。


 【使役】の効果は失くなった。

 加神は、そのことを再確認すると、親友のとなりに腰を下ろした。

 すると首堂は、過去を思い返すように遠くを見つめた。

「……あんなの、ガキの頃の戯言だろ。お前、まだそんなことを言ってんのかよ」

「〝生きた証を残す〟って奴か……。いいや、俺は本気だよ。首堂はどうなんだよ。〝宇宙飛行士になる〟んじゃなかったのか」

「……そんなの訊いて、何になる?」

 加神は空を見上げた。

 昼の太陽が燦々と輝いている。

 あのときはたしか、綺麗な夕陽が輝いていた。

「首堂。お前は言ったよな。宇宙には無限の可能性があるって。俺さ、思うんだよ。それと同じように、未来にも無限の可能性があるってな」

「下らねぇ……ただの言葉遊びじゃねぇか」

「俺、さっきの首堂の話を聞いて、決めたことがあるんだ。俺はいずれ、トライオリジンを捕まえる。天秤を戻すってのはそういうことじゃないか」

「はは、捕まえる、ね……。で、それからどうするんだよ?」

「まずは【未来予知】の脳力者を問いただす。で、今後の対策をしっかりと立てる。

 次は【死者蘇生】の脳力者だ。脳力の犠牲になったすべての人を、元に戻すんだ。

 そして最後に【破壊】だな。すべてのアンリミッター――脳力の元凶だけを破壊する」

「そんなことができると思うのかよ……。それに、脳力でアンリミッターは壊せないんだぜ? マクスヴェルのエネルギーが、脳力を反発するからな」

「そうなのか……。じゃあ仕方ないな。今みたいに一人ずつ水をぶっかけてやるよ」

 加神が面白おかしく言うと、首堂の表情が和らいだ。

 その表情は、子供の頃、遊んでいたときに見せてくれた、懐かしい親友の顔だった。

「ここで死んだら、宇宙に行くこともできないんだ。……な? 首堂?」

「…………」

 首堂はそこで、大きく深呼吸した。

「……俺の負けだ。変わんねぇな、加神は……。だったらお前の決意に賭けてみるよ。加神なら、本当にそれをやってくれそうだもんな……」

「あぁ、男に二言はないよ」


 ――と、そのときだった。加神の首が弾け飛んでいた。

 だらりと筋力を失った上半身が、下を向く。


「良い雰囲気のところ悪いけど、首堂の身柄は拘束させてもらうからね」

 白黒の制服姿の女が、無垢な笑みを向けながら、静かに近づいてくる。

「……その声。まさか間宮、相棒を殺したのか!?」

「怒らないでよ。加神の命と引き換えに、あんたの命を見逃してあげるんだから」

「俺の命……?」

 愕然とする首堂。

 それとは打って変わって、加神は何事もなかったかのように、間宮のとなりに肩を並べた。零れ落ちたアンリミッターを、新しく生えた頭の左の眼窩に嵌め込みながら。

「その辺にしとけって……。間宮は普通にしてるだけで怖いんだよ……」

「……なんだよ。焦らせんな、加神……」

「まあ、俺の脳力は【再生】だからな」

 当然のように相棒を殺す女と、当然のように生き返る男。

 首堂は煽るように、二人のエージェントを見上げた。

「……よくわかんねぇけど、お前らが底抜けにイカれたコンビだってことはわかったよ」

 それを受けて、間宮は不愉快そうに瞬きをした。

「やっぱり、こいつも殺していい……?」

「どわぁあっ! 止めろって! 首堂も! 余計なこと言うなよ!」

 慌てて加神が二人の間に割って入るが。

 首堂はなおさら上機嫌になった。

「加神、こいつの尻に敷かれてんのか」

「うるせー! 首堂は死にたいのかよ!」

「記憶を消される前に、言いたいことくらい全部言わせろ」

「この世で一番下らない遺言だな!」


 ――加神と首堂。

 びしょ濡れになった二人が、他愛のない言い合いをしているさなか。

 そこから少し離れたところで、間宮は端末機を取り出した。

『異端脳力者を一人確保した。場所は鞠那スカイタウンの広場。野次馬が集まってる。処理班をお願い』

 先刻、首堂は冗談っぽく呟いていたが、言っていることは事実だった。

 異端脳力者は確保されると、脳力をはく奪され、記憶の消去が行われる。

 その処遇が緩和されることはないのだ。

 二人の方を顧みる。

 部外者の間宮に会話の全貌が掴めることはないが、二人がただ愚直に、楽しそうだということは理解できた。

 首堂の行いを完全に赦したわけではない。

 だが、そんな二人の時間を、すぐさま奪うのは野暮のようにも感じた。

 間宮は表情を綻ばせた。

『……ただ、今回はゆっくり来ても良いから』

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