③スカイランドタワー_1

 『スカイランドタワー』の周辺は、広場、モノレール駅、水族館、プラネタリウムが入り乱れている。

 大の大人でも下調べなしでは迷子になると、蛍雪高校の先生が談義で喋っていたほどだ。

 週末の昼時ということもあり、老若男女が犇めいていた。

「加神、私に付いて来て!」

「あ、おい! ここに来るの初めてなんだよ!」

 目的地に着くなり、間宮は弾かれたように駆け出した。

 バイクを乗り捨てるようにして後を追う。

 地上四階から成る『鞠那スカイタウン』。

 その中央を抜けるように伸びている長い階段を、駆け上がる。

 二人の制服が、左右に忙しく揺れていた。

「一階から三階は商業施設なの! 首堂に用があるとしたら、きっと四階だと思うんだ!」

「四階には何があるんだ!?」

 さすが先輩エージェントということか。

 間宮は、普段から鞠那シティを駆け回っているからか、その辺の情報は詳しいようだ。

「天望デッキへと続く唯一のエレベーター! その入場ゲートは四階にあるの! 電波塔をジャックするなら、あいつは上を目指す! 制御装置の中枢に触れば、あいつの勝ちなんだから!」

 二人は息を上げながら、スカイタウンの四階を目指した。


 四階に着いてからも、二人の足の回転は、とどまることを知らなかった。

 太い円柱をぐるっと回り、入場ゲートまでやって来る。

 ――と、そのときだった。

 女性の係員が、エレベーターの乗客に向かってお辞儀をしていた。

「それでは皆様、行ってらっしゃいませ~」

 そして今まさに、目の前で、銀色の扉が閉ざされてしまう。

 その隙間に見えたのは、相変わらずモッズコートを着た男――首堂の俯いた顔だった。

「クソッ! 首堂ぉおおお!」

「お客様! どうかされましたか?」

 勢いのあまり扉に飛びついた加神。

 係員は厳として、加神の顔を覗き込んだ。

「……あ、いや、ちょっと……」

「順番にご案内致します。チケットをご購入の上でお並び下さい」

 手の平を向けて、カウンターの場所を案内される。

 既に並んでいた多くの客たちは、ジーッと加神のことを見つめていた。

「これで確定だな。首堂が何を企んでいるのか」

「落ち着いて、加神。エレベーターはもう一つあるから」

 冷静に振舞う間宮。

 お前だって内心は焦っているくせに――加神はそう言おうとして、言葉を飲み込んだ。


 ↓《首堂》


 エレベーターの箱が、青と白の鉄骨の中を、一直線に上がっていく。

 暗闇が晴れ、パッと景色が開けると、荘厳な街並みが視界一杯に広がった。

 幾何学模様のようにも見える、ある種の官能的な景色に、他の乗客たちは釘付けだった。

 子供たちは窓ガラスに張り付いて黄色い声を上げ、その親と思われる乗客は、格好付けてうんちくを披露している。

 マクスヴェルで発展した街。日本一平和な街。それが鞠那シティだ。

 俯瞰で見下ろす街を前にして、首堂は胸中で呟いた。

 加神、やっぱり止めに来たか……、と――。


 ↓《加神》


 鞠那スカイタウンと、スカイランドタワーの天望デッキ。

 この二つを繋ぐのは、二基のエレベーターしかないということだった。

 その内の一つは先に出発してしまった。

 もう一つを逃してしまった場合、タイムロスは厳しいものになってくる。

「お願いします! 先に乗せて下さい! どうしても上に行かなくちゃいけないんです!」

 加神が思いっきり頭を下げると、係員は渋い顔をした。

「チケットは購入しました! だからどうか、お願いします!」

 往復で二千円掛かったチケットを握り締め、さらに深々と頭を下げる。

 チケットに書かれた整理番号は、まだまだ先だった。

「申し訳ございません……。他のお客様の迷惑になりますので、順番にお待ち頂けると……」

 二基目のエレベーターが口を開き、先に並んでいた客がぞろぞろと乗り込んでいく。

 無理を言っているのは百も承知だった。

 だが、〝異端脳力者が洗脳を企んでいる〟と言って、誰がそれを信じてくれるのか。

 諦めて、ここで次の便を待っているわけにも行かない。

 それに関しては、間宮も同じ考えだったらしい。

「お願いします! どなたか、私たちのチケットと交換して下さい! お願いします!」

「……お願いします! どうしても! どうしてもなんです! 僕たちに譲って下さい!」

 二人は揃って頭を下げた。

 定員数の埋まったエレベーターは、あとは出発を待つだけという状態だった。

 何か、他の手を考えるしかないのだろうか。

 加神が諦めかけたときだった。

 エレベーターの中から、一本の手が上がった。

「……いいですよ。そこまで乗りたいなら譲ります。僕たちのチケットと交換しましょう」

「ちょっと! たっくん! 何言ってるのよ!」

 二十代前半くらいの男だった。

 カップルでデートに来ていたのか、彼女の方は難色を示している。

「いいから……! それなら君たちは先に乗れますよね。問題はないはずです」

 彼氏が腕を引っ張る形で、カップルがエレベーターから出てくる。

 係員は、想定外の事態で困り顔になっていた。

「ほら、他のお客さんを待たせるわけには行かないでしょう」

「……わかりました。特例ですが、今回は認めましょう」

 ありがとうございます! 加神と間宮は、きつく目を瞑りながら、改めて頭を下げた。

 エレベーターに乗り込み、今度こそ扉が閉まる――その寸前。

「いいの?」

「……ごめんな。なんか、昔の自分を思い出してさ。見過ごせなくなっちゃったよ」

 カップルのそんな会話が、加神の耳を掠めた。


 エレベーターが上昇していく。それに応じて鞠那シティの街並みが拡大していく。

 これは僥倖だ。ひとまず、第一の関門は突破できたと言ったところだろうか。

 加神は胸を撫で下ろした。

「良かったね。優しい人がいて」

「あぁ……。ただ、このまま上手く行けばいいんだけどな……」

 余韻に浸るのはほどほどに、加神は気を引き締めた。

 そうだ。これは最初の関門を突破したに過ぎない。

 まだ、首堂を捕まえたわけではないのだから。

 そしてその嫌な予感は、すぐに的中してしまった。

 ……広がりゆく外の景色が止まっていた。

 エレベーター内の照明が落ち、乗客は思い思いの動揺を見せ始めた。

「……ほぉら。だよなぁ」


 ↓《首堂》


 天望デッキに着いた首堂は、エレベーターから出るなり、二基のエレベーターの制御盤に手を触れた。

 左眼を鶯色に輝かせ、【操縦】の脳力を以て、エレベーターの機能を停止させる。

 加神たちは追って来られない。これで邪魔は入らない。

 首堂は、3フロアから成る天望デッキを見渡すと、屋上に出るために、上階へと体を運ばせた。

 カップル。家族連れ。何かの会で集まったらしいグループ客。それらをかき分けていく。

 しかしながら、エスカレーターの前まで来たところで、人の流れは逆流した。

「あれ……?」

 エスカレーターに乗った人々が、不思議そうに声を上げている。

 上りのエスカレーターが、逆回転を始めたのだ。

 そうしてバランスを崩した人々が、雪崩になって首堂の前に流れてくる。

 これでは二階に上がることができない。

 こんなにタイミング良く――いや、首堂にとってはタイミング悪く、エスカレーターが故障したのだろうか。

 いっしゅん目を細めた首堂だったが、これができる人間に心当たりがあった。

 ネイピアビルディングにて、パソコンに外部から干渉した人間か……。

「……誰かが、邪魔をしているみたいだな……」

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