②ハイウェイ

「手詰まりだね。CIPに戻るしかないんじゃない?」

 加神がバイクを疾走させているとき、後ろから、間宮は諦めるように言った。

 朝からずっと鞠那シティを走り回っているというのに、収穫はゼロ。

 あっという間に、時間は十一時を過ぎてしまった。

 似たような街並みが、グングンと後方に流れていく。

 街の何処に居ても見える電波塔『スカイランドタワー』は、加神たちを嘲笑っているかのようだった。

「組織に戻って、どうするんだよ」

「協力を仰ぐ」

 加神は顔を顰めた。

 あの支部長に、力を貸してくれるように頼むということか。

 たしかに残された時間は僅かしかないが、彼を頼るのは、負けたような気分にさせる。

 ……とそのとき、ブレザーの内側で、端末機が小刻みに震えた。

「誰かが電話を掛けているみたいだ。俺の代わりに出てくれないか?」

「わかった」

 間宮は返事をすると、加神の背中に体を密着させて、内ポケットをまさぐった。

 むにゅり。柔らかい二つの感触が、加神の背中に押し付けられる。

 指摘したら殺されかねないので、今は運転に集中した。


「……もしもし」

『あ、生絃、教えたいことがあって!』

 間宮は聞いたことのある声に違和感を覚え、端末機の画面を見た。

 ひなたと表示されている。いつの間にか、連絡先を交換したようだ。

「どうしてひなたが、加神の連絡先を知ってるの?」

『その声はマーリンだね。今はその話はどうでもいいの! 生絃はいる?』

「今は出れない。それで、教えたいことって? 私じゃ話せない内容なら掛け直すけど?」

『マーリンでも大丈夫。実はね……さっき偶然、首堂昂太郎と遭ったんだ』

「それ本当っ!?」


 加神は、間宮が何やら騒がしそうにしていることを感じ取った。

「相手はひなたか? なんて言ってる?」

「首堂と遭ったって言ってる。待って、いま音声をオープンにするから」

 間宮は端末機を操作すると、それを右手に持って、加神の顔の横に出した。

 これで会話ができる、ということだろう。

「ひなた。いま何処にいるんだ? 何処で首堂と遭った?」

『生絃! 『プロトライフ』っていう家電量販店にいる。さっきまで首堂もそこにいたの』

「プロトライフなら、ここからは近い。すぐに向かうから、ちょっとだけ待っててくれ!」

『急いでね!』

 話は纏まったと判断したのか、間宮はスッと端末機を戻すと、通話を終了させた。

 そして、黒いオーラを背中にぶつけてくる。

「昨夜、ひなたの家に寄ったんでしょ。そのときに連絡先を交換したの?」

「……あぁ、まあな」

「……良かったね。今殺したら、私も事故ることになるから」

「勘弁してくれ。向こうが勝手に連絡先を入れてきたんだ」

「ふぅん、そう……。じゃ、ひなたを殺すよ」

「あははは、面白い冗談だな!」

 自然を装って大笑いしてみる。我ながら上手く行ったと思うほどに。

 しかしながら、背中に感じるオーラは治まることなく、むしろ圧力を増していく。

 殺す云々に関しては、口癖のようなものと前に言っていたはずだが……。

「……冗談、なんだよな?」

「……さぁね」


 ――プロトライフ――


 電話口でひなたの言っていた場所に到着する。

 週末ということもあり、外の駐車場にはズラリと車が留まっていた。

「……ひなたは何処にいるんだ」

 適当な位置にバイクを留め、ゴーグルを外して周囲を見渡す。

 店外であるため、さすがに人気は少ない。

 目に付くのは、整った格好をしている一人の成人女性だけだった。

 家電量販店の駐車場とは言え、目立つところに立っているのは危険なようにも感じるが。

「あれじゃない?」

 と思ったら、間宮がその女性を指差した。

 何を下手な冗談を言っているんだろう。

 ひなたはもっとこう……野暮ったい格好をしていて、オシャレとは正反対にいる人種だ。

 加神が胸中でツッコミを入れていると、ふと女性がこちらを振り向いた。

 途端に満面の笑みになり、手を振りながら近づいてくる。

 なんだなんだ? 俺の後ろに彼氏でも見つけたのか?

「待ってたよ。思ったより早かったね」

「……えっと、誰ですか?」

 キメキメの女性が、膝を折って息を切らしている。

 加神は、女性が人違いでもしているのかと思った。

「誰って……そりゃないでしょ……。あたしだよ、あたし」

「その喋り方、もしかしてひなたか?」

「カモシカでもシカでもないよ。そうだよ、後廻ひなたですよ~」

「なんでそんな恰好をしているんだ?」

 加神は全身を改めて確認してみた。

 ……見えない。ひなたは、自分の部屋とは言えボサボサの髪で、軽装で過ごしている女なのだ。それと同一人物には到底見えない。

「買い物で外出しているからだけど。ほら、マーリンに色々壊されたし? いくら何でも、あの格好で出歩いたりしないよ」

 自分の格好を確かめるように、その場でくるくる回っている。

「そういうことか……。実はひなたは探偵で、変装をしているとかじゃないんだよな?」

「あのねぇ……そういう発言は素で言っている方が、質が悪いんだよ」

 キメキメの女性が――否、ひなたが上目遣いで睨んでくる。

 そこで間宮が、わざとらしく咳払いをした。

「脱線している場合じゃないでしょ。首堂について教えてくれる?」

 話を本題に戻そうとしている。

 加神はそれどころではなかったのだが、当面の目的を思い出し、気持ちを切り替えた。

「そうそう。あたしさ、実はさっきまで、ナンパに絡まれてたんだよね。やっぱり、あたしの可愛さに惚れちゃったのかなぁ。いくら断っても食い下がってくるんだよ」

 ……まあ正直、この見た目なら、手を出そうとする男がいてもおかしくはない。

「で、助けてくれたのが首堂だったの。右眼をピカッと光らせてさ」

「【使役】の脳力を使ったってことか」

「移植をするようにあたしのところに押しかけてきたくせに、どうしてさっきは気付かなかっただろ……」

「そんな格好してたら、さすがに気付かないだろ」

「えぇ~? そんなにマズい格好かな、これ……」

 悪い意味で言ったわけではないのだが、ひなたは口を尖らせる。

「鈍いね、ひなたは。要は加神は、今のひなたが可愛すぎるって言いたいんでしょ」

「……ぐ」

 そうやって直接的な表現を使われると、反応に困ってしまう。

「え、そうなの……? 生絃的には、今のあたしの方がタイプな感じ? そうしたらこっちに乗り換えちゃう? バディ的な関係に発展しちゃう?」

「…………」

 調子に乗り出したひなたのことを、間宮は鋭い目つきで射抜いていた。

「じょじょ、冗談だって……。ほら、首堂が何処に行ったか教えてあげるから……」

「で、何処に行ったの?」

「D12に行くって言ってた」

「鞠那シティの中心地だな。あいつ、何を企んでるんだ……」

「あそこって、何かあったっけ?」

「目ぼしい建物って言えば、やっぱりあれだろ」

 加神は振り返ると、一本の塔に向けて、人差し指を伸ばした。

 今日一日、ずっと自分たちを嘲笑っていた存在。

 青と白の鉄骨が絡み合い、天まで届きそうな建造物が伸びている。

「『スカイランドタワー』。鞠那シティを象徴する電波塔だ」

「電波塔ね……。なるほど。これって、結構マズいことになって来たんじゃない?」

 間宮は、タワーを見上げながら、引き攣ったように笑っていた。

 その理由は、無論加神にもわかっていた。

「みたいだな……。首堂は【操縦】の脳力を持ってる。そいつを使って、電波塔を乗っ取るつもりなんだ。テレビを通じて、より多くの人間に【使役】の脳力を使おうとしているんだろう」

 こうしてはいられない。早急に、首堂に食らいつく必要がある。

 ひなたは、ずいっと、首を突っ込んできた。

「昨日も言ってたけど……首堂は誰を洗脳するつもりなの?」

「他の脳力者すべて……そんなところだと思う」

 加神はバイクに身を沈め、ハンドルを握り締めた。

「ちょっと! それって二人も含まれてるってこと? あたしはどうすれば良いの?」

「とりあえず家に帰って大人しくしておくんだ……!」

「あたしだって、二人の役に立ちたいよ!」

「もう十分立ってるよ。本当にありがとうね、ひなた」

 エンジンを吹かすと、勢い良くバイクは発進した。

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