⑤CAFEピチカート
雨の降る夜。帳が降りていく。
冷たい雫は窓を叩き、周囲のビルから漏れた灯りが、粒を煌めかせていた。
喫茶店の客入りはまばらで、加神たちは周囲に他人がいない席に案内された。
「チョコレートケーキとコーヒーを下さい。……加神は?」
「俺は大丈夫です……」
店員はお手前の姿勢でお辞儀をすると、スススッと厨房に姿を消した。
「私の好物なの。加神の好きな食べ物は何なの? 相棒のことは、よく知っておいた方が良いと思うんだ」
「…………」
間宮は、アンティーク調のテーブルに肘を付いた。
「……雨、強くなってきたね。間に合って良かったよ。アンリミッターは水が弱点なんだ。軽く濡れる程度なら平気だけど、浸水するとナノケーブルが機能しなくなるから」
さっきから、どうでもいい話題で茶を濁してくる。
しばらくして、店員がコーヒーを持ってくると、それをブラックのまま口に含んだ。
余裕綽々といった様子。舌で転がして嚥下している。
……幾分か自分の気持ちも落ち着いた。
加神はようやく本題に入った。
「ずっと気になっていたことがあるんだ。間宮は左右の眼の色が違うよな。脳力に関しても、二つを使い分けている感じだった」
「……ま、気付かれても仕方ないか。そう、私は異色義眼(オッドアイ)なの。随分前に、ひなたに頼んで移植してもらったんだ。死んだ相棒のアンリミッターをね」
ひなたが言っていた間宮の秘密とは、おそらくこのことなのだろう。
アンリミッターを移植する行為は、ある意味〝反則技〟だったはずだ。
ひなたに無理を言ってそれをやらせた光景が目に浮かぶ。
死んだ相棒――か。
「……だから、異端脳力者を恨んでるのか?」
「たしかに、それも理由の一つではあるよ。けれど私はそれよりも前から、異端脳力者を全員、消したくて堪らなかった」
間宮は逡巡するように目を泳がせたが、覚悟を決めたのか、スッと両眼をこちらに向けた。作り物の両眼には、感情なんて乗っていなかった。
「ちょっとだけ昔話をしてあげるよ。私が小学校を卒業したばかりだった。私は待ち切れなくて、中学校の制服に袖を通したりして浮かれていたの。そんなとき、ある二人組の男女が私の家にやって来たんだ」
それが異端脳力者だった――。
間宮は誤魔化しきれない憎悪を含めて、言葉を吐き出していた。
「当時の私は、不思議な力を使う二人が、何をしているのか理解できなかったの。目的もまるで意味不明。強盗とか、そんな生易しいものじゃない。自分の力を、周りに振りまきたいだけの異常者だったよ。両親は必死に抗議したんだよ? 頼むから出て行ってくれ。娘には手を出さないでくれって。でも二人は、まともに聞き入れてくれなかった。
私はロープで縛られて、両親がされた酷い仕打ちを目の前で見させられた。二人の欲望が満たされるまで、その捌け口として、両親の体が使われたの。何をさせられたか、最初から最後まで鮮明に覚えてるよ。何なら、丁寧に説明してあげようか?」
「……いいよ。言わなくても想像はできる……」
「そう……。あいつらホント最低でさ。私が泣いても、叫んでも、それを止めようとはしなかった。むしろ悲鳴を聞くとヒートアップしたようにもっと酷いことをするんだ。なんで私たちがこんな目に遭わされなくちゃいけないのか、まるで意味がわからなかったよ。
気付いたときには、両親は死んでいた。お母さんは裸で全身痣だらけで、お父さんはバラバラにされて私よりも小さくなってた。それで目の前に、男の人が立ってたんだ。助けるのが遅くなって、ごめんよ。彼はそんなことを言ってた」
そこで間宮は、吹っ切れたように声色を変えた。
「それからだよ。私はCIPに入って、彼の仲間になったんだ」
「もう一つのアンリミッターはその男の物なんだな」
「そう。片方が【障壁】で、もう片方が【斬撃】。攻防一体の素晴らしいコンビ、なんて言われたこともあったんだけどね……」
「間宮の脳力はどっちなんだ? お前はどういう念いを秘めていたんだ?」
――〝他者を守りたい〟のか。それとも、〝他者を殺めたい〟のか。
相反する二つの脳力の内、間宮を象徴するのはどちらなのか。
「異端脳力者を全員消したい。私の念いは、それだけだよ」
「…………」
「それでも、まだ加神は、私の考え方が間違っているって言うの?」
「……だとしても、もっと良い方法があるはずだ。殺せばそれで良いってわけじゃない。勘違いするな、異端脳力者を擁護しているんじゃない。けれど、罪を償うってのはそういうことだろ」
加神は慎重に言葉を選んだつもりだった。
しかしながら、間宮が秘めていた負の感情はそれ以上だった。
「……わかったように言わないでよ!」
頬に小さな切り傷ができる。斬撃の脳力を使ったのだろう。
切り傷は、再生の脳力ですぐさま口を閉じた。
「生涯に付いた汚点は、どれだけ白い絵の具を加えようと元には戻らないの。それは黒を薄めているだけ。過去を変えることはできないの。いくら罪を償っても、決してね。だったら、キャンバスそのものを変えるしかない。そうしなくちゃ、私の両親が浮かばれない」
「それで間宮が同じようになっても良いのか?」
「私は白黒でいい。その生き方を享受したから。……加神はそうはならないでね」
白黒の制服に身を包んだ女子高校生は、そう言って俯いてしまった。
……いや、そもそも高校生なのかも疑わしい。中学生を前にしてエージェントになる決意をした間宮が、普通の日常を送れたとは思えなかった。
「狂ってるんだよ、私は……」
経験してきたものが丸きり違う。
加神はなんて言葉を返せば良いのかわからなかった。
「私、首堂の居場所を突き止めないと。何か情報があったら連絡するから……。じゃあね」
間宮は千円札をテーブルに置いて、一足先に店を出て行った。
いつの間にか雨は止んでいる。
これからどうすれば良いのか?
様々な考えが脳内を飛び交ったが、しばらくしてから、加神も後を追った。
「待ってくれよ、間宮! まだ話は終わってないだろ……!」
「ごめん。今は、あんたと一緒にいる気分じゃない」
「そうかもしれないけど、首堂を捕まえるには、二人で協力しないと!」
喫茶店を出てほどなく歩いたところで、ようやく間宮は足を止めた。
「……ねぇ、さっき頬の切り傷が治ったよね。それって脳力のおかげってこと?」
「脳力? なんで急にそんな話になるんだ」
「だって、脳力が発現したから、火鳥を捕まえられたんでしょ」
「俺の脳力は……【再生】だ。死んでも生き返る脳力だよ」
加神は、間宮の有無を言わせぬ圧力を前に、とにかく質問に答えるという判断を下した。
「なら、こうしようか」
「……へ?」
そして次の瞬間、肉体は一瞬にしてバラバラにされていた。
人通りのない路地裏に肉塊を放置して、間宮は再び歩き出す。
「しばらく一人にして……」
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