④ネイピアビルディング・エントランスホール
太陽は西の彼方に沈みだし、空からは、はらはらと雨が降り出してきた。
この天候なら、病院も直に鎮火できるだろう。
「間宮! 火鳥は何とか捕まえたぞ! そっちはどうだ?」
加神は、眠っている火鳥を抱きながら、得意な気分で声を掛ける。
間宮はしゃがみ込んで、ぶつぶつと何かを呟いていた。
不動と話しているのかと思ったが、どうやら様子がおかしいことに気付いた。
二人の周囲に赤い水溜まりが広がっている。
むせるような鉄の匂いがここまで漂ってくる。
間違いない……血だ。
間宮は、血を流して倒れている不動を見下ろしていた。
「お前……何やってんだよ……」
「……話を割れなかった。首堂の居場所を聞き出したかったんだけど。裏切り者のくせに、根性はあるんだね。最後までこいつは仲間を売ろうとしなかったよ」
淡々とした口調で言ってのける。
目の前に重傷者がいるにもかかわらず、だ。
「そっちはどうだった?」
「不動は生きてるのか?」
「死んだよ。言ったでしょ。話を割れなかったって」
「……死んだ? 間宮いま、死んだって言ったのか? まさか、お前が殺したのか?」
沈黙が肯定の空気を作る。
「なんで、そんな酷いことを……」
「火鳥をこっちに寄こして。今度はそいつから聞き出すことにするよ。不動があんまりウザいから加減を間違えちゃったみたい。次は上手くやるからさ」
「ダメだ。そう言ってまた殺すんだろ」
「拷問するだけ。火鳥の態度によっては殺さないであげる」
死神の仮面を張り付けて、間宮が静かに歩み寄る。
加神は火鳥を庇うように、小さな体を抱き締めた。
「ほら、放してよ。加神の服が汚れちゃうよ。こうやって……ツーっと線を引いてさ……」
それでも間宮は態度を変えることなく、火鳥の頬に浅い切り傷を作った。
小動物を解剖するように、狂気じみた笑みを浮かべている。
「やめろっ!」
「……あっ!」
ゴロン……と。嫌な音が足元から伝わってくる。
加神が視線を向けるまでもなかった。
火鳥の頭は、マネキンのようにもげていた。
「あーあ。加神が急に動かしたりするから、勢い余って殺しちゃったじゃん。けどまあ、こういうのも、悪くないよね」
……? ……こいつは何を言っているんだ?
加神は状況を理解するのに精いっぱいだった。
CIPは平和を守る組織のはずだ。
いくら異端脳力者が敵だからと言って、モノのように殺すことが赦されるのか。
加神は、首無し死体を取り落としていた。
「……間宮?」
「ふふっ、顔面蒼白だね。安心して、今のは冗談だよ。本当は普通に私が殺したんだ。だから加神が気を病むことはないよ」
「お前! 自分が何をやってるか、わかってんのか!?」
間宮の胸倉に掴み掛かるが、当人はけろりとしていた。
「怒らないでよ。私の中ではこれが普通なの。あんただってそのうち慣れるよ」
「慣れるとかの問題じゃない! こんなんじゃまるで……まるで……」
「まるで自慰行為だって?」
そこで初めて、間宮は侮辱するような笑みを浮かべた。
それは加神に対してではなく、命を落とした者たちに向けてのようだった。
「……お前っ! あぁ、そうだよ……! 異端脳力者だろうと一人の人間だろ! どうしてそんな風に平気で殺せるんだよ!」
「それに関しては、さっきも言ったはずだけど? 異端脳力者に人権なんてない、って。火鳥に対して何も思わなかったの? 殺されて当然なんだよ」
理解不能だ。意味不明だ。まるで話が通じない。
「クズが二人いなくなっただけ。それも〝最初からいなかった〟ことになるんだ」
「…………」
「ごめんね。加神は優しいんだもんね。近くにお勧めの喫茶店があるの。そこで、落ち着いて話すのはどうかな」
「わかった。それでいい……」
雨量が加速度的に増していく。
二人の間に漂う空気が、否応なしに冷えていった。
『――間宮です。E7、ネイピアビルディングで異端脳力者を二人始末した……』
端末機で誰かと連絡を取っている。
きっと、例の処理班というやつに対応を頼んでいるんだろう。
……死んだ二人は、静かに横たわっている。
「行こう、加神」
間宮に名前を呼ばれて、加神の意識は引き戻された。
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