③鞠那中央医療センター

「……いい気味。不動に手を出したのはそっちなんだから……文句ないよね」

 動かなくなった加神を見下ろして、火鳥は悲しそうに呟いた。

「さてと、それじゃ首堂と合流しないと……」

 死体となったエージェントを背にして、呑気に体を解している。

 死んだ肉体。焼け焦げた肉体。

 その肉体に宿る魂は、篝火のように小さな火を、徐々に大きくしていった。


 生に対する、異常なほどに強い念い。

 加神の念いは、それを脳力として発現させていた。


 焼けた体から溢れた体液が、元の場所に戻っていくように、加神の体内に収まっていく。

 それと同時に、ぼろぼろになった制服は、繊維を元の形に縫い直していく。

 まるで逆再生するように、加神という存在が、〝再生〟していった。

 体液は肌を伝って左の眼窩の奥に収まり、蓋をするように、新しい左眼が構築された。


「待てよ。こっちは訊きたいことがあるんだ」


 五体満足になった加神は、零れ落ちていたアンリミッターを拾い、火鳥の背中に声を掛けた。

 びくっと体を震わせて、異端脳力者が振り返る。

「……え、なんで? なんで、生きてるの……? たしかに焼き尽くしたはずなのに……」

「焼き尽くした……?」

 火鳥に言われて、加神の意識と記憶が、正常な形を取り戻していく。

 そうだ……俺はたしかに殺されたはずだ。

 加神は気になって左眼にそっと触れてみた。

 眼がある。左眼が見えている。

 そして自身の右手には、おそらく自分自身のアンリミッターが握られていた。

 自分でも恐ろしいほどに、脳の回路が答えを導き出す。

 〝生きた証を残す〟ために、何が起きたのか。

 考えうる可能性の一つとして、一番納得できるのはこれだった。

「そうか……俺の脳力は【再生】ってことか……。だからこうして、俺は立っているんだな……」

「【再生】……? 何よ、それ……」

 火鳥は驚くが、加神は素直に嬉しかった。

 これほどまでに、自分が欲していた力はない。

 死んでも元通りに再生する脳力。

 そこに加神が努力して鍛えた知恵と体力があれば、きっとどんなことでも成せるはずだ。

「だったら、これは要らないな……」

 加神はナマの左眼に手を突っ込むと、それを鷲掴みにして引っ張り出した。

 もう、こんな眼は必要ない。過去に囚われる必要はない。

 今の自分に必要なものは未来だ。

 アンリミッターがあれば、自分の脳力があれば、それで十分なのだ。

 加神は空いた左の眼窩にアンリミッターを嵌め込んだ。

 左眼が深緑に輝き、損傷した細胞は脳力を以て元に戻る。

 やっぱり――【再生】だ。それは間違っていないようだ。

 あとに残ったのは、無意味に再生したナマの左眼。

 捨てるのも勿体ないと思った加神は、それを丸飲みした。

 ちょっとおどけたつもりだったのだが、火鳥はその様子を見て、金切り声を上げた。

「急にキモいことしないでよぉっ!!」

 青ざめながらも、再び火炎放射を放ってくる。

 チリチリと焼けつく痛みが全身を襲う。

 だが、あの頃の苦しみに比べれば、これくらい、どうと言うことはなかった。

「へへっ! まあ、そう言うなって!」

 感情が昂る。

 加神は構わずに火の中を突き進み、火鳥の懐に潜り込んだ。

 渾身のアッパーカットを、顎に叩き込む。

 筋トレの折にそれとなく覚えた体術が、ここで披露されようとは思わなかった。

 火鳥は一撃でノックダウンすると、以降、反撃しては来なかった。

「…………うっ、さいあく」

「おい、寝るな。お前には訊きたいことがあるって言ったろ」

 倒れた火鳥の横にしゃがみ込み、加神はホッとした気持ちで声を掛けた。

「『トライオリジン』ってなんだ? お前さっき、そう言ったよな。それは組織か? それとも何かの名前か?」

「何よ……。あぁ、新人なんだ。だから、そんなことも知らないんだ……」

「あぁ、そうだ。だから教えろ」

「いいよ……。私は優しいから少しだけ教えてあげる。『いずれ人類は終焉を迎える。世界が闇に飲まれたとき、我々が再興の道へと導こう。そして今よりも、より良い世界と、秩序ある世界が待っている』――」

「宗教的な言葉だな。誰が言った? 集団か? 個人なのか?」

「はは……何言ってんだか。レディを殴っておいて質問攻めとか止めてよ……」

 火鳥が瞼を閉じていく。疲労が溜まっているのだろう。

 このままでは何も聞き出せなくなる。

 火鳥はそれを笑い飛ばすように言った。

「そんなに気になるなら、相棒に訊けば……? これは私の……仕返し……よ……」

「おいおいおい! 待て! ……待て!」

 加神は胸倉を掴んで揺さぶるが、必死の叫びも空しく、火鳥はオチてしまった。

 呑気なものだ。心地良さそうに眠っている。

 このままここに放っておくわけにも行かない。

 加神は間宮と合流するため、行動を起こした。

「仕方ねぇな……」

 脇の下と膝の下に手を差し入れて、横抱きの要領で持ち上げる。

 ネイピアビルディングはそこまで離れているわけではない。

 女を抱きかかえたまま移動するのは少々憚られるが。

「……軽いな」

 こんなか弱い女に殺されたのか――と。

 初めてのお姫様抱っこの感想が、ポツリと零れ落ちた。

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