④ネイピアビルディング・エントランスホール

 ほど近いところから爆発音のようなものが聞こえて、間宮は眉間に皺をよせた。

 加神のことは気になるが、ここを離れるわけにも行かない。

 不動は壁に背中を預け、小さな呼吸を紡いでいた。

 膝を畳んで顔を覗き込み、問いかける。

「格好付けてるつもり?」

「一度言ってみたかった台詞があるんだよな……。お前だけでも、逃げろってな……」

「それで、気分は良かったの?」

 不動は流血を少しでも止めるために右目を閉じながら、間宮を見上げた。

「あぁ……最高だね……。前田風に言うなら、信頼が力を――っぐ、あぁああああ!」

 その面が気に入らなかった間宮は、すかさず喉元を切り裂いた。

「大袈裟に叫ばないでよ。喋れるように調整してあげたんだから」

「…………」

「死にたくないでしょ。だったら全部話してよ。あんたたちは何を企んでるの? 首堂は何処に行ったの?」

「…………」

 仲間を売るつもりはない。そんな固い意志が、沈黙からは見て取れた。

 となれば、間宮がすべきことは一つに限られてくる。

 間宮は、不動の左手の小指を切り落とした。

「一分につき一本。手が終わったら足の指を切り落とす。二十分経ったら、そのときはどうしようか……。まあ、そのとき考えれば良いよね」

「…………」

「うん、いいね。こういうの、私、好きだよ。生きてるって感じがする。それじゃ、耐久戦と行こうか」

 耐久戦もとい、拷問の開始を宣言する間宮。

 そこへ、第三者の声が入った。

「君たち、こんなところで何をしているんだ?」

 出入り口を振り返ると、紺色のスーツを着た若い男が、怪訝そうにこちらを見ていた。

 スーツには皺もなく、ネクタイは艶々で、見るからに若造という体を為している。

「何でもないですよ。気にしないで下さい」

「そうは見えないけれど……。おい、血を流しているじゃないか!」

 不動の全身に目を留めている。

 正義感があることは結構だ。時と場合を考えてくれれば、だが。

「あなたには何もできませんよ。通報しようなんて、余計なことは考えないで下さいね」

「君は何を言って――」

 間宮は斬撃で、男のすぐそばのガラスを乱暴に割った。

 無様に尻もちを着いている。恐怖を与えるのであれば、これで十分だ。

「邪魔しないでと、言っているんです……。殺しますよ?」

「…………っ!」

 男は足を絡ませながらも、エレベーターホールに姿を消した。

 処理班の仕事が増えそうだ、とため息を吐く。

 これ以上人目に触れる前に、コトを済ませなければならない。

 左手の薬指を切り落とすと、不動は小さく反応した。

「まるで……殺人鬼だな……」

「どういう意味……?」

「……そんなんで、よくもエージェントが務まるなぁってな……」

「私は一般人には手を出さない。けど、あんたらは別だよ」

「……ははは、首堂と大差ねーなぁ、お前……」

 その言葉が、間宮の逆鱗に触れてしまった。

 不動の右腕が、肩から切り落とされる。

 痛みという痛みに支配されているからか、もう反応は示さなかった。

「クズと一緒にしないで……。私は脳力者そのものを敵視しているわけじゃないの。異端脳力者が憎い……。私利私欲のために、独善的な行動を取るあんたらのことが、この上なく憎い……。ただそれだけ」

「…………」

「……五分短縮。早く終わりそうで良かったね」

 間宮は無垢な笑みを注いでいた。

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