炭酸水せんぱいは占いが好き
かきはらともえ
炭酸水せんぱい
僕が信頼する炭酸水せんぱいは占いが好きである。
その星座占いから血液型占いみたいな朝のニュース番組でやっているようなものから、タロットカードなどの占いまで好きである。
それは割と生徒たちのあいだでもよく知られているもので、彼女の元によく人がやってくるものである。『占ってほしい』という開口一番の言葉から続けられるのはその実態はお悩み相談である。カウンセリングじゃないんだから……。そういうのはスクールカウンセラーにするべきじゃないかという僕の素朴な疑問に対して炭酸水せんぱいは答えた。
「いやあ、スクールカウンセラーってなるとやっぱり大事なことのような気がして気が引けちゃうじゃない。同級生とかそういう感じのわたしのほうが相談しやすいっていうのはあるのよ」
「嫌じゃないんですか。暗い気分になりませんか?」
僕が一番に思うところはそこだ。多くの人の相談を受けている炭酸水せんぱいが病んでしまうんじゃないかというものだ。
「暗い気分になることもあるけれど……まあ、好きでやってることだからね。占いって心理学の分野だから」
「あ、そうなんですか? てっきり胡散臭いオカルトの分野かと」
「そうだよ。それに半導体くんが苦手なのってオカルトに
「まあ、そうですね」
炭酸水せんぱいは鞄の中に手を突っ込んで、中からカードの束を取り出した。
「タロットカードですか?」
「いいえ、トランプよ」
それをしゃっしゃっしゃっしゃ――とカットをする。
「話を聞くときにたまにやってる遊びなんだけどやろうよ」
「いいですよ。ルールは? ババ抜きですか、それともポーカーとか? 僕はポーカーのルールを知らないですよ」
「もっと簡単なのだよ」
慣れた手つきで、上から五枚ほど捲られて、それが目の前に並べられた。
クローバーの3、ダイヤのJ、ハートの2、クローバーの4、スペードの4……。特に規則性のない並びである。
「それじゃあ今からわたしと五分くらい雑談しましょう。その雑談が終わったとき、半導体くんにはこの中から一枚だけ選んでもらう。それは心の中で『これだ!』ってものを決めてくれたらいいよ」
「それを当てるって言うんですか?」
「さあ、どうでしょうね。じゃあさっそく――」
炭酸水せんぱいはスマートフォンのタイマーを『五分』に設定して、スタートを押した。
「昨日は何を食べたの?」
■
それから本当に雑談が続いた。
最近面白かった本とか、あるいはテレビとか、どういう動画を見ている? とか。それの会話をしながら、僕は考えていた。
この五枚のカードからどれを選ぼうか。
はぐらかしていたが、僕がどれを選んでいるのかを当てるつもりでいるのだろう。今こうして会話をしている最中に目の動きを追っているとか? だとすると、カードは見ないほうがいい。できる限りは炭酸水せんぱいの目を見て応じる。……よし、決めた。
クローバーの3にしよう。そして、そこから当てられたら『惜しいですね、クローバーの4です』とずらしてやろう。あるいは『スペードの4でいいだろう』――早いうちにそう決めたから雑談はしやすかった。
じりりりりりりり――と、スマートフォンのアラームが鳴る。
「さて、ここまで。それじゃあ、わたしの目を見て」
「はい」
炭酸水せんぱいの目を見る。
「決めたかな?」
「決めましたよ」
「じゃあ、当てるよ」
僕の目から目を逸らすことなく、指だけ動いて――そのままクローバーの3に指が行った。本当に当ててきた。
「ざ――」
残念ですね、実は――と続けようとしたところで、
「まだだよ、わたしから目を離さないで」
と止められた。
「『残念ですね、実はクローバーの4です』でしょう? 半導体くんの『決めていたこと』、あるいは『スペードの4』って言うつもりだったよね?」
ここで『違いますよ、ダイヤのJですよ』と言うこともできた。
だけど、がっちりと狙いを定めるようにして見つめられた目からは目を逸らすことができず、そして、用意していた回答をどちらも当てられたときの逃げ道なんて用意していなかった僕には同様の色が出ていた。
「どうして、わかったんですか」
「当たりってことだね」
炭酸水せんぱいはほっとしたようにトランプを片づけ始めた。
「いやあ、こんなの占いと違って当たるかどうか賭けだからね。当たるも
「その使い方は違うと思いますけど……」
トランプを片づけて、とんとん――とした。
「答え合わせっていうほどのことは特にないけれどね。雑談中の様子とか、雑談の内容とかだね。たとえば、トランプってどんなふうに並べても不規則な中に規則性のある並び方ってできるじゃない。今回だったらクローバーの3とクローバーの4がつながっていたみたいに、もしくはスペードの4に数字がつながっていたみたいに」
「だからって……」
「半導体くんがそういう答え方をするように用意したんだよ。わたしは何を当てるって言ってないし、半導体くんのことだからこちらの思惑にぴったり当てはまるみたいなのは嫌がるだろうなって。ほかにも雑談中にちょっと頭を使って考えなきゃいけない話題を投げるとかね。そうなると、今みたいなことになりやすいかなって考えたのよ」
何も言えなくて黙ってしまった。当てられたことが衝撃的だった。
「こんなのはフェアじゃないんだよ。相手によって出題の方法を変えることができるんだからね」
「でも……人間ってみんな違うじゃないですか」
「十人十色っていうものね」
血液型みたいに四種類なわけじゃないし、星座みたいに十二種類なわけじゃない。全員の人生は違うし、考え方だって違う。
「それでも、ある程度は似通るんだよ。人間はみんな違う生き物だけど、考えることや感じることは大体似たようなものだと思うよ。それこそ、十色もあったら十分じゃないのかな」
炭酸水せんぱいは占いが好き かきはらともえ @rakud
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