第11話 リグレットはカットアウト 突然に終わらせよう

 クリスマス。明人と七瀬がハグをして別れた後。家に帰ると母親は完全に記憶をなくしていた。


「あんた、誰?」


言葉が出なかった。ついに恐れていたことが起こってしまった。



「明人さん。本当に残念ですがお母さんはもう」


栞が言う。


「何で!何でだよ!俺のこと散々罵ったりしてたじゃん。またやってくれよ!また、、元気の姿見せてくれよ!」


母親に向かってそう叫んでも母親は誰か分からないような顔をしていた。それどころか記憶があった頃より優しくなっていた。



「僕?うちの息子と遊んでやってくれない?うちの息子ね、すっごく人見知りなの。でも本当はみんなと仲良くなりたいって思ってるのよ。だからチームスポーツやってみないかって誘ったの。それでも人見知り治らないもんだから困った子だよねえ!だから僕が友達になってあげてね」



そう言って明人の頭を撫でる。きっと明人のことを同じサッカーチームの友達と思っているのだろう。母親が自分を認識してくれないことよりも記憶を失くした時の方が優しくなっていることにさらにショックを受けた。ショックのあまりスマホを投げ捨てた。その衝撃でスマホが壊れ、七瀬からのラインに気づかなかった。



 明人はそれ以来、寝たきりになっていた。もちろん大学受験どころではなく、どこも受験しなかった。それでも卒業式は行こうとしていた。頑張って卒業式行ってその後の七瀬との卒業旅行の約束も守らなければ!その思いが明人にはあった。繕う元気も残ってなかったがそれでも繕わなければ自分から人が離れていってしまう。だから卒業式と卒業旅行だけでも頑張って行こうと決心をした。



 卒業式当日。受験結果聞かれたらいつものノリで「全部落ちちゃったんだよね〜。だから浪人になっちゃった!」と答えるつもりで身支度をしていた。



「行ってきます」


返事はなかった。母親がもう完全に自分の存在を忘れているから当たり前なのだが。それでも気になって母親の部屋に行った。



 すると母親は首を吊って死んでいた。テーブルには遺書も置かれていた。




『聖人さん。あなたに捨てられて私は生きる価値を失いました。あなたのいない生活が耐えられません。』



そう書かれていた。聖人というのは明人の父親の名前だ。明人は発狂した。きっと記憶がなくなっていく中で父親に捨てられた時の記憶だけが蘇り、自殺の衝動に駆られたのだろう。それほどまでに母親は父親に捨てられたことで心を病んでいたのだろう。それで息子の自分にきつく当たるしかなかったのかもしれない。寂しさを埋めるために他に男作るしかなかったのかもしれない。それでも明人は遺書に一切自分の名前がないことに何とも言えない気持ちになった。



………死ぬ間際ですら俺のこと、思い出してくれなかったのかよ。結局、最後まで父さんのことしか、、………



明人は卒業式なんかどうでもよくなってその場で泣き崩れた。そこにホームヘルパーの栞が出勤した。栞も母親の自殺を知り、パニックになっていた。



 しばらくして明人は栞にお願いした。


「ヤらせてください」


「何を言っているの、明人さん」


「もうどうしたらいいか分かんないんです俺。何で死んだんだよ、母さん!!」


泣きながら栞に抱きついた。栞はびっくりして身動きが取れなかった。そのまま服を脱がせて行為をした。もはや冷静に考えられる頭はなかった。明人にも栞にも。





 明人の母親は他に身寄りもなかったため、葬式などは開かれずに終わった。ホームヘルパーの栞も母親か死んでから来なくなっていたが最後に挨拶だけと明人の家に来た。明人はあれ以来、引きこもっていた。



「明人くん。大丈夫?」


「栞さん。この前はごめんなさい!!」


「いいよ。あの時、冷静じゃなかったの分かってるし、、」


「俺、、」


何かを言いかけて明人は倒れた。目が覚めると栞が看病をしていた。明人は精神的ストレスで倒れやすくなっていたのだ。放っておくわけにはいかないと思った栞はそれ以来、明人の家に来て看病するようになった。栞は一度ヤッたことを気にしないようにしていたし二人はホームヘルパーと被介護者の関係を保っていた。



 それから半年ほど経過した。明人は買い物程度なら外に出れるようになった。この頃には七瀬にちゃんと連絡したいと思っていたがスマホが壊れてしまったため、連絡手段がなかった。



 そんなある日。地元のスーパーでたまたま高校のクラスメート、花林と遭遇した。明人は鬱状態になってることを過去のクラスメートに知られたくなかったため、すぐに立ち去ろうとしたが七瀬にだけはきちんと話したいと思っていたため、花林に七瀬の居場所を聞いた。


「あー。早稲田通ってるよ。でも七瀬、そこで新しい彼氏作ったって言ってたなぁ。まあ明人が半年も連絡してなかったらそうだよね〜」



 明人はこの発言が嘘か本当かは分からなかった。しかし、この言葉を聞き、半年も音信不通でいきなり姿消した人が彼氏として現れる状況に気が引けると考えるようになった。だから自分自身で七瀬とはもう別れたんだ、七瀬は自分の運命の人ではなかったんだと言い聞かせた。




 明人は七瀬のことを忘れる努力をした。鬱も少しずつ回復していったが定期的に検診しないと元に戻ってしまうため、通院もしていた。地元にいると七瀬と出会ってしまう可能性もあったため、東北に引っ越した。ホームヘルパーとして栞も着いてきて寄り添ってくれた。その間に栞から2回告白されたが今は付き合う状況じゃないと断った。それでも栞は態度を変えず、明人の精神状態に寄り添ってくれていた。







 そして6年が経過した。明人は栞に支えられながら徐々に自分を取り戻していった。今度は逆に自分みたいな人を救いたいと思い、介護の会社に就職することを決意した。そして、内定をもらった会社が東京にあったため、明人は栞と一緒に東京に帰ってきた。

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