第10話 ヒーローのフリをした逃避行
明人は自分の幼少期の話から語り始めた。それは七瀬にとって衝撃すぎるくらい壮絶な過去だった。
_______________________
それは明人が4歳の時。父親は他に愛人を作り、そっちと暮らすために家を出て行った。母親はそこからノイローゼになり、明人の前でタバコを吸ったり育児放棄をしていた。幼稚園に迎えに行かないこともしばしばで幼稚園の先生からは度々心配されていた。明人が小学校になった時には母親のノイローゼも少しずつ良くなっていった。それでも育児放棄は変わらなかった。今度は母親が外に男を作り、男の元に遊びに行って帰らない日もあった。明人は周りに頼る人がいなかったため、冷蔵庫のものを漁って空腹を凌いでいた。母親がいる日も決して良かったものではない。母親は明人が自分の理想の息子になってくれるようにとサッカーと公文を無理矢理習わせていた。自分の思い通りの結果が出せなかったら明人は毎回叩かれた。家を追い出されたこともあった。それ以外にも「ダメ人間」「何で生まれたの?」等の暴言も浴びせられ続けた。
そんな明人の心の支えは漫画やアニメだった。母親が家にいない時にこっそり見ていた。母親のいる時はそんなこと絶対に許されず無理矢理勉強やサッカーをやらされていたため、母親のいない日に漫画やアニメを見ている時間だけが明人にとって幸せな時間だった。
明人は小学校に友達がいなかった。作れなかった。家でほぼ虐待されている状況だったため、教室では疲れ切っていて友達を作る余裕もなかったからだ。しかし、「あいつ、暗いよな」「それなぁ。何で学校いるんだろ」と友達が自分の陰口を言っているのを聞いてしまった。明人は友達なんかいらないとずっと思っていたがその陰口に強い反骨心を持った。そして学校でも明るく振る舞うようになった。
それから明人は友達が増えた。明るく振る舞えばこんなにも簡単に友達ができるのか。そう思った。それからというもの、外では明るく振る舞わなければ見捨てられるという固定概念が根付いていった。こうして明人は学校にいる時は周りの目を伺いながら明るく振る舞い、家にいる時は母親の目を伺いながら虐待に耐え続けた。
明人が中学2年生の頃。初めて彼女ができた。明人は元々顔が良かったのに加え、サッカーをやっていたため、凄くモテた。そして家にもクラスにも本当の居場所がないと感じていた明人はそれを彼女作ることで解消しようとした。でもできなかった。本当の自分を見せたら自分から人が離れていってしまうのではないか。そのような不安が頭をよぎり、心を開くことのないまま別れた。それからも何人かと付き合ったが誰にも心を開くことができずに別れていった。
そんな明人に転機が訪れる。それが高校2年生の時の七瀬との出会いだった。教室で一人で漫画を読みながら過ごす七瀬にどこか近いものを感じ、どんどん惹かれていった。サッカー部に所属していたが、サッカー部の友達を心の底から信じていたわけではなかったため、居心地が悪くなる時があり、たまに練習を抜け出して教室で休んでいた。長時間、自分を繕い続けることに疲れていたからだ。そんな時、忘れ物を取りに来た七瀬と出会う。喋ったことはなかったが明人は教室にいる時から七瀬を気にしていたため、それをチャンスと思い、話しかけた。それからどんどん七瀬と仲良くなっていき、七瀬となら心の底から話せるんじゃないかという期待も膨らんでいった。だから七瀬と付き合うことにした。
しかし、いつヒステリックを起こすか分からない母親がいると知られたら距離を取られるかもしれない、家庭環境が良くないと七瀬に知られたら余計な心配をかけちゃうかもしれない、そんな思いがあり、実家は七瀬に絶対教えなかった。母親に首を殴られてできた痣を七瀬に指摘された時も必死に誤魔化した。それでも七瀬は今まで出会ったどの人よりも自分らしく振る舞うことができた。だからどんな彼女よりも長く続いていた。
そして京都旅行の日。七瀬が自分を信じて身体を重ねてくれたことは明人にとって本当に嬉しかった。しかし、翌朝にとんでもない連絡が明人に入ってきた。
『お母さんが倒れました。すぐに家に来てください』
明人はそのメールを見て真っ青になった。自分を虐待していたとはいえ、たった一人の家族だ。倒れたという知らせに居ても立っても居られなくなった。それでも七瀬に心配はかけたくないという思いから理由を伝えることなく、二日目の朝、早々に帰宅した。
明人が帰宅すると母親は車椅子に座っていた。母親の車椅子の近くにはホームヘルパーがついていた。それが黒川栞。当日20歳の若手ホームヘルパーだった。
「安心してください。車椅子生活にはなりますが命に別状はありません。ただ…」
「ただ?」
「あなたのお母さん、若干アルツハイマーを患っているみたいで。もしかしたら今後、記憶とかもなくなっていくかもしれません」
アルツハイマー。知ってはいたがまさか自分の母親が患うなんて。しかも介護の手を借りないと暮らせない母親を見てショックが隠せなかった。そこから明人のメンタルは崩壊していった。たった一人の家族が今後、自分のことも分からなくなるかもしれないという事実が耐えられなかった。それでも明人はみんなの前で平常心を装った。もちろん七瀬の前でも。辛そうな姿を見せたら自分から人が離れていってしまうと思い込んでいたから。本当にメンタルがきつい日は学校を休んだりもした。学校を休んだ日は栞と一緒に母親の介護をしていた。
こうして七瀬が気付かないうちに明人のメンタルはどんどんやられていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます